5 視線の針 【5-4】

【5-4】


「蒼、私がわかっていたんだ」


嫌みを込めて、そう言い返す。


「わからないわけがないだろう」


だったらと言おうとして、言葉が止まる。

蒼の目が、そのセリフを跳ね返す。


「いいか、初日だからこれだけは言っておく。間違っても俺と同級生だとか、
そういうことを口にするな。今のような口調もダメだ」

「あの……」

「これから俺がする仕事は、今話した通り『人員整理』だ。
『キタック』の人間を切っていく作業になる。間違いなく疎まれる」


確かにそうだろう。


「でも、やらなければならないからここにいる。そんな緊張感が続く中で、
お前が知り合いだとか、余計な情報が入ると、妙な勘ぐりをする人も出てくるはずだ」

「蒼……」

「思い通りにならないことを、誰かにぶつけたくなる。
その非難の対象になる可能性もあるんだ。いいか、絶対に守れ」


蒼はそれだけを言うと、また名簿を開き読み始める。


「あのさ……」

「あのさ……ではない。すみませんが……」



面倒だ……



「古川さんは、神戸から通われるのですか」

「時間の無駄になるので、しばらく東京に拠点を作ってあります」

「そうなんだ」


蒼の目に、にらまれる私。


「そうですか……だ」


面倒なやりとりに疲れて、私は自分の席に戻ろうと思い、頭をさげる。

頭の中で『なんだこれは』という言葉だけが、右に左に動き回って……


「おばさんは元気なのか」


蒼の声に、頭の中を走る言葉が、急ブレーキをかける。


「何よその言い方、私たちは知り合いではないはずです」


今、自分があれこれ言ったのにと思いながらも、

背を向けた状態で、『なんとか』と答えを返した。


「そうか……」


蒼の言葉はそこで止まり、ほぼ同じタイミングで社長が戻ってきた。





『また会いたい』

私は確かにそれを望んだ。

お互いに大学を卒業し、新しい出発を迎え、また顔を合わせることが出来たらと、

心からそう思っていたが。

蒼が、昔のままでいてくれると、輝いていたあの日のままで成長すると、

身勝手に思っていただけかもしれないが、

突然の再会はあまりにも、距離が遠くなったように思えて。

会えた嬉しさよりも、数倍哀しさの方が強かった。

しかし、時は止まることがない。それから毎日のように、蒼と向かい合うことになる。



昨日初めて会いましたという、演技をこなしながら……



「この資料に色分けがあるのは、なぜですか」

「営業所ごとに別れています」

「それはわかります」


蒼が気にしているのは、『従業員名簿』の英語文字と数字の組み合わせ。


「現在働いている人たち、それから過去に縁があった人たちと、
名簿がわかれています。一度は辞めて、別の会社に就職を決めても、
1年くらいして、戻りたいという方が、結構いることもありまして」


それは本当のことだった。

『キタック』はお世辞でも大手ではないから、給料ももっと高い企業はある。

しかし、働く条件の多様さは、他ではないものがあって。

一度は『さようなら』と挨拶した人が、また『よろしくお願いします』ということも、

珍しくない。


「過去……」

「はい」


他の企業はわからないが、社長は一度縁を持った人のことをとても大事にする人だ。

社員でなくなっても、お客様として会うことがあるかもしれないからと、

名簿は数年間、残している。


「それなら、そちらも出していただけますか」

「退社した方の名簿ですか?」


思わず疑問符で返してしまった。

効率よく仕事をするのなら、

いなくなった人のことまで気にしている時間などないはずなのに。


「利用価値があるものは、全て確認させていただきます」


『利用価値』という言い方が、妙に引っかかるけれど、

ここでまたあれこれいうのは、別の意味で面倒になりそうだ。


「わかりました」


私はファイルの入った棚の鍵を開けると、各営業所分なのでと説明しながら、

蒼が座る場所の前に置いた。





『打ち合わせは『MAKINO』で』



蒼が初めて『キタック』に顔を出してから数日後、

社長と副社長が呼び出され、『MAKINO』の東京支社へ向かった。

残されている中西さんや松田さんは、コーヒー片手に、蒼のことを話し出す。


「本当に、ドライバーも減らすつもりのようですね」

「あぁ……昨日も相当黄色い印がついていた」


黄色い印。それはCランクの合図。


「古川さんだっけ? あの人、新卒入社の2年目だって。
大きな仕事の始まりが『人員整理』とは、いやぁ……さすが『MAKINO』というか、
恐ろしい企業だな」


『疎まれる仕事』

蒼は私に言った。

確かに、20代の若者が、率先してこなしたいと思う仕事ではないだろう。


「胸……痛まないですかね」


つい、そんな言葉を言ってしまう。


「石本さん」

「はい」

「20代の人という点には驚かされるけれど、大手と言われる企業はそういうものだよ。
人が多いから大手なのではなくて、必要な人を見抜ける力があるから、
失敗を最小限に押さえられるから、大手で居続けられるんだ。
何でも受け入れ、好きなようにしましょうでは、大きいからこそ崩れるのも一気だしね」


松田さんは、自分がいた『パナミニック』でも、

人員整理はあったと、そう話し続ける。


「どこでも社員は大事だよ。でも、出来ない人間のフォローをしていると、
結果的に成績が上がらなくなる。昔のように全てを抱え込むことはせずに、
今は、子会社や契約社員など言い方を変えて、責任を取らなくてもいい立場を、
作ってくるからね」


確かに、正社員ではなく、契約社員という言葉も増えたし、

これからは、外国からもどんどん人材を受け入れるとニュースになっている。

契約ならば、年数指定の外国人労働者なら、保険などの諸費用が少なくて済むし、

切り捨てるときの言い訳もつけやすい。


「だとすると、契約をそれぞれに?」

「だと思うな。『MAKINO』にしてみたら、うちのノウハウが欲しいわけで、
それを効率よく進めていくためには、役に立つ人材と違う人材を見抜かないとならない」


松田さんの説明に、納得出来ないわけではないが、

仕事は本当にそれだけだろうかと、考えてしまう。

私が、『キタック』で働こうと決めたのは、

給料とは違う、『働きやすさ』だったはずなのに。


「どんどんギスギスしそうですね」

「『MAKINO』がすることだ、なんだかんだと言って、恨まれるのは『MAKINO』側。
黙って見ていましょう」


中西さんは、自分たちは関係がないと言うようにすると、受話器をあげて、

取引先に連絡をし始める。

私はドライバーから上がってきた書類をPCに打ち込みながら、

話し合いがどうなるのかと、何度も時計を見た。


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