5 視線の針 【5-5】

【5-5】


蒼のところに出かけた社長は戻ってくると、椅子に深く腰掛けた。

天井を見上げ、首を動かしている姿を見ると、

明るい話題にはなりそうもないことがわかる。

私はお茶を入れて、言葉を待った。


「厳しいな……いやぁ、あそこまで言われるとは」


私が言ったわけではないが、初日の口調で蒼が話したのかと思うと、

申し訳ない気がして言葉が出ない。


「出来たら、全員を今の形で残したい。条件も変わらずにと言いたいところだが、
それでは相手にメリットがない」

「はい」

「だとすると、生活を確実に築かないとならない者から、救うしかないな」


松田さん達が話していたとおり、『MAKINO』側は、

A、B、Cの振り分けを決定事項だと話したらしい。

予想通り、今まででこぼこしていた『形に外れている』人たちは、

現状の金額は補償されない。私は提案された条件を見る。


「ここまでの負担で、正社員ですか」

「うん」

「それでは、今いる半分が……」

「そう、無理だよね」


フルタイムを使える人と、そうではない人がいる。

近い距離なら出来るが、高速を長く走るような仕事は出来ないという条件も、

今までの『キタック』ならば、受け入れていたことだった。


「『MAKINO』が狙っていたのは、うちだけではないんだ。
東京以外の関東圏でも、今回、引っ越し部門を伸ばすために、
いくつかの企業を傘下に入れた。うちはうちだと、
組まずに戦うという選択肢もあるにはあったが、もし、受け入れ相手がうちでなかったら、
これから、『キタック』としてこのあたりに残ることすら、難しい時が来たかもしれない」


社長はそういうと、仕事を定期的に取れるという組織力は強いと、

さらに言葉を乗せる。


「でも、石本さんには、なんだか悪いことをした気がするな」


社長は、私が入って間もないのに、仕事の環境が大きく変わることを謝ってくれた。

私は、社長の責任ではありませんからと、首を振る。


「石本さんのことは、古川さんにも話してきた。
うちで『荷泊』のアイデアを出してくれたこととか、現場に立ってくれていたから、
細かいことまでわかってくれていることもね」


社長の話を聞き、蒼は納得していたという。


「明日から、しばらく古川さんと行動してもらえるかな」


社長は、蒼が営業所全てをまわり、状況を確認するために、

質問にすぐ答えられるような人をつけて欲しいと、提案してきたことを話す。


「聞いたら、古川さんも大卒2年目だったよ。年齢は石本さんと同じだし……」



年代だけではなく、一時、高校も一緒でした。

それは言ってはいけないことだけど。


「……はい」


社長は名刺を取りだすと、私に渡してくれる。



『MAKINO 配送管理部 古川蒼』



蒼の名刺。名字は『古川』のまま……



「明日は、『MAKINO』の東京支社に来て欲しいそうだ。
そこで少し打ち合わせをして、回るらしい」

「……そうですか」


私は名刺を受け取ると、住所を確認する。

『MAKINO』で蒼と会うことが、さらに距離を開くことになるのか、

それとも少しわかりあえるのか、そんなことが気になった。





私の朝は、どうにもならない寝癖でスタートする。

とにかく温めたタオルを頭に置き、その時間の中で朝食を済ませていく。

子供の頃から、朝食が大事だということは、母に何度も言われていたので、

たとえシリアルに牛乳だけでも、口に入れることだけは続けている。

今日は、サラダもつけて、ハムエッグ。


「いただきます」


大学から始めた一人暮らし。

寂しいと思うこともなくなったし、あの事件で夜を怖がっていた過去も乗り越え、

真っ暗にさえならなければ、落ち着いていられるようにもなった。

新聞は購読していないので、ニュースはもっぱらテレビかネット。

時計代わりの番組を見ながら、着ていく洋服を決めていく。

あと20分ある。

そう思ったとき、現実が頭の中ではじけた。


「違う、そうだ今日は向こうだ」


蒼の名刺。書かれた住所を確認すると、『キタック』に行くより時間がかかる。

乗り慣れない電車に乗るのだから、早めに出るのが当然。

私はとりあえず流しに食器を入れて、バッグを持ち飛び出した。



【ももんたの小ネタ交差点 5】

前話に引き続き、引っ越し業者さんの『迷惑なお客様…パート2』。
『自分も運んでもらえると思っている』。エ? 何これと思ったら、
荷物を出した後、引っ越しのトラックの助手席に、
自分を乗せてもらえると思っているお客様のことだそうです。
ドラマとかであるのかな、そういうの。普通無理だと思うのですが……。



【6-1】



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