7 格差の錘 【7-3】

【7-3】


「お座り下さい、条件提示はこうなっています。
こちらも、ただ、切り捨てようとしているわけではありません。
ですので、冷静に考えてください」


聞いたことのない声。

落ち着いていて、動揺のかけらもない。

おそらく、『MAKINO』から来た人だろう。

興奮していた星さんだったが、そこから何も声がしなくなる。

時々、紙をめくるようなパラッという音だけが、こちらに届いた。


「こちらに印鑑をお願いします」


数年間、実績のある人たちには、退職金のようなものがあると聞いている。

静かになったということは、それを受け入れると言うことだろうか。

少し強めに、ペンをテーブルに置く音がする。

その後に続く、大きなため息。

中村さんたちが言っていた。

確かに私たちくらいの年齢で、この仕事はあり得ない。

伝えている蒼よりも、言われている人たちの方が年齢が上。

そうなると、頭から言葉を落とされている気がするのも当然だ。



どうして蒼は、こんな仕事を受けているのだろう。

人に恨まれるようなことなんて、あいつに一番似合わないことなのに。



「石本さん」

「はい」

「ちらし……いい?」

「あ……ごめんなさい」


私は、立石さんのちらしを握りしめたまま立っていて、

慌ててしわを伸ばすと、『ありがとうございました』とお返しした。





啖呵を切って、飛びだした星さんは、あのちらしを握りつぶし、

私たちがいる3階に放り投げて出て行った。

私はそれを拾う。

それからも静かな時間、喧嘩腰の時間などが続き、その状態は3日間続けられた。

最後の一人と面談が終了し、『MAKINO』から来た3名が顔を出す。


「それでは、私たちはこれで失礼します。後はまた、古川の方が担当し、
4月以降はもう少し人員を増やして、再出発と言うことになりますので」

「ご苦労様でした」


人事担当としてきた男性が一番前に立ち、一番後ろに蒼が立っている。

私たちが頭を下げると、『MAKINO』の人たちは、蒼を含め、

その日はそのまま帰って行った。





「どうぞ、社長」

「あぁ……ありがとう」


私は副社長の横にも、同じようにお茶を置く。


「お疲れ様です」


本当にそう思った。こうした痛みが無駄にならないよう、

これからの『キタック』が頑張って行けたらいいけれど。


「人に辛いことを言うのは、心がすさむな」


社長はそう言うとお茶を飲み始める。


私は拾ったちらしを、デスクで広げた。

星さんの悔しそうな顔と、立石さんの嬉しそうな顔、両方を思い出す。


「社長。でも立石さんは、荷下ろしのちらしをもらって喜んでいましたよ。
社長はこうして考えてくれたって」


ただ、いりませんと切り捨てるわけではないことを、わかっている人もいる。


「それか……」

「はい。早速近くの営業所に電話をしてみるって」

「それはね、私じゃないんだ」

「エ……」


社長は、社員達の手前、社長が『MAKINO』にかけあったという形を

作ってくれたと教えてくれる。


「作った?」

「うん……最初からここに来ていた古川さんがね、上と話をしてくれて、
こういう方法がありますがと私に提案してくれたんだ」


蒼が……


「基準がある以上、それをおかしくしてまで契約は続けられないが、
『MAKINO』の営業所では慢性的に人が足りていないらしい。
それほど給料がいいとかではないけれど、荷物に関わる仕事が嫌でなければ、
次を決めるまで、とりあえずつなぎとしてでも、考えることが出来るとね」


社長がそういうと、副社長も黙って頷く。


「彼は、文句だの恨みだのは私が一心に集めますのでと、
打ち合わせの時も、言い続けて」


『疎まれる仕事』

そう、蒼は私にも言っていた。


「この話を社長が、『MAKINO』とかけあったことにして、
メンバー達が応募しやすいようにしてくれたんだ」


蒼は自分が先頭になってやってしまうと、表と裏が出来てしまい、

説得力がなくなると思い、あえて知らない振りをしたと言う。


「さっきね、彼の胸ぐらをつかんで星が文句を言っていたとき、
本当に喉のここまで、少し待て、彼は色々と苦労してくれたと言いたくなったが、
それは、彼の好意を無駄にすることになるから」


自分はあくまでも『憎まれ役でいい』

それは、初日にも私に言っていた。

『同級生』だとか絶対に口にするなと。



恨みの対象に、私がプラスされると困るから……



「そうだったのですか」


冷たい視線もあったり、年齢にそぐわないような口調があったり、

腹を立てたりもしたけれど、それでもまた、思いは元に戻ろうとする。



蒼は、やっぱり蒼だと。



「頑張らないといけないね、残った我々は」

「……はい」


犠牲になった人たちのためにも、『キタック』がもっともっと強くなって。

また、新しい関係が出来る日を夢見て。


私はちらしをバッグに入れたまま、その日は少し温かい気持ちを持って、

家に戻った。





しかし、現実は何も変わらない。

あらためて母に連絡をすると、50万円で購入した色々な商品は、

返却することでたった8万円しか戻らないことがわかる。

運営側は、ネットなどで売りさばくのは契約違反になるからと、

何やらあれこれ書いた意地の悪い契約書を見せたらしく、つまりは引くか進むか、

そのどちらかしかないと言われたらしい。

どう考えてもおかしな話だが、ここでごねているのも得だとは思えず、

私はそれでいいから全て終わりにしろと母に言い切った。



『50万』



『スマイルローン』


昔見たテレビドラマなどのように、

今は顔の怖い人たちが『借金の取り立て』などは行わない。

この『スマイルローン』も、アイドルから脱皮した、若手女優が宣伝している。



『欲しいものは、あなたの事情を待ってくれない。だから、私が駆け寄るの……』



こんな宣伝文句だったはず。

とりあえずお金を借りて、チャンスを逃さない方がいいよという、

『借金』に対して、罪悪感など吹っ飛ばしていく明るいCM。

駅前の無人の機械。私は椅子に座って審査を受ける。

身分を証明するものということで、免許証を出した。


【7-4】



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