8 無言の指 【8-1】

8 無言の指

【8-1】


無言の数秒間、

蒼の手が、私から離れていく。


「ごめん、心配してくれているのに言い過ぎた。でも、本当に気持ちだけでいいから。
蒼の気持ちだけでいいよ。少しほっといて。私なりに頑張ってみたいの」


頼る人などいない自分たちなりに、どうしたらいいのかを、母と必死に考えたい。

楽なものを知ってしまうのは、これからのためによくないから。


「風音……」

「はい、この話はおしまいです。で、仕事の件ですが……不備って何?」

「ないよ、そんなもの」

「ない?」


私は、蒼が呼びつけた理由が、このお金のことだと気づく。


「本当にないの?」

「ない」

「何よそれ、ここまで何を間違えていたのか、ドキドキしていたのに」

「不備になるようなものはないだろう、今」

「そうでしょう、そう……」


扉がノックされる。

蒼が私を見て、首を軽く振った。

テーブルの上に置いた封筒をつかみ、どこかにしまってしまう。


「はい」

「失礼します」


入ってきたのは、先日も一緒に行動した清川さんだった。

私は立ち上がって、挨拶をする。


「あぁ、『キタック』さんでしたか。すみません、お話のところ」


清川さんは蒼を見ながら、『出直した方がよろしいですか』と尋ねる。


「いえ、話は終わりました。それでは石本さん、よろしくお願いします」


蒼は急によそよそしい態度を取り、ソファーから立ち上がる。

私もその流れに合わせるしかなく、立ち上がり頭を下げた。





『スマイルローン』で借りたお金を、鈴おばちゃんに聞いた口座に振り込み、

なんとか入学金に間に合うタイミングで、借金の半額、65万円の返済は出来た。

しかし、それは借りる相手が変わったという、形を変えただけの一時しのぎ。

おばちゃんにも、『スマイロルーン』にも全てを返さなければ、

本当の意味で返済とは言えないし。

蒼には呆れられたが、私は私だと心に決め、『荷下ろし要員』の仕事を選んだ。

早朝や深夜のバイトは、やはり色々と理由を持っている人がなるらしく、

リーダーと言われる人は、『頑張ろう』とすぐに声をかけてくれた。





目覚ましの音。

周りはまだ、真っ暗だけれど……。


『よし!』と声を出してから身支度を整え、いざ自転車で出発する。

もう春だと胸を張れるはずなのに、

手袋をしてくるべきだったと思える寒い朝、私は初日を迎えた。

面接の時に、だいたいの仕事の説明は受けたが、

聞いているのとやっているのとでは違ってくる。


「ほら、こっち」

「はい」


危ないからとヘルメットをかぶり、大型機械が仕分けした荷物を右に左に動かした。

住所を確認し、積み込み作業がスムーズに行われるよう、囲いの中に収めていく。

それにしても、次から次に出てくる荷物に、終わりがある気がしない。

トラックや荷物を移動する機械のエンジン音、金属製のコンテナがぶつかり、

ガチンという大きな音を立てる。

さらに人の声や、足音がそこに混じり、初めて体験するような音のごちゃ混ぜ感に、

酔いが回るような気がしてしまう。

こういった営業所が全国にある『MAKINO』の扱う荷物は、どれくらいの量なのだろう。


「おい、新人。空寄こせ」

「はい、すぐに回します」


コンテナは鉄の塊。空だとは言っても、なかなかな重量がある。

私は両手で必死に押すと、それを指示された場所に移動させた。



3時間はあっという間だったが、緊張もあったため、

肉体的にも精神的にも疲れてしまい、やはり家に戻ろうという気持ちにはなれず、

そのまま営業所の更衣室で着替え、自転車で駅まで向かう。

真っ暗だった空は、朝焼けに色を染めて、カラスしかいなかった横断歩道には、

今日も頑張ろうと歩き出す、サラリーマンたちが増えていく。

ここからは私もこちらの仲間。

駅に自転車を置き、肩をグルグル回す。

まだ少し違和感のある感情も、慣れてくるだろうと思いながら、

電車の吊り輪をつかんだ。



1週間の中で、蒼は週の前半、月曜と火曜、『キタック』で仕事をすることになった。

今まではお客様のような仮の場所が用意されていたが、

ここからは『引っ越し業務』の流れを作っていくため、

私たちと同じように机が用意される。

『引っ越し作業』自体は週末に多いものの、

伝票処理などは平日に進むことがほとんどなので、

私たちは、普通のサラリーマンたちと活動時間はあまり変わらない。



『MAKINOのマニュアル作り』



蒼には、その任務が与えられているらしく、

『キタック』が今までも行ってきた従業員研修や、『荷泊』。

そしてダンボール家具というサービスにも、

興味を持ち、取り入れようとしているようだった。

今まではどこか敵対関係に思えたのか、中村さん達も冷めた視線だったが、

蒼自身の能力や、考え方に共感する部分があるのか、

少しずつ打ち解けている様子も見えてくる。



『同級生というそぶりは見せない』



この約束はまだ生きているということだろう。

蒼は、『キタック』で仕事をしても、私に話しかけてくるときには、少し表情が固くなる。

私は私だと、胸を張っていた2週間だったが、

早起き、荷下ろし生活が3週間目を迎える頃、しっかり寝ても、

起きると体が辛いと感じるようになった。

それでも、自分でやると決めたのだからと、気持ちを奮い立たせていると、

藍子から一緒に食事をしましょうという誘いが入る。



明日は荷下ろしの仕事がある。

出来たら、すぐに眠りたいけれど……



それでも『女子会』の力には勝てず、私は仕事を終えた後、言われたお店に直行した。


【8-2】



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