8 無言の指 【8-3】

【8-3】


『キタック』の歩みと、これからの仕事のやり方をまとめた書類を持ち、

『MAKINO』同様、取引をしていただけるように、お願いする仕事。

支度をして下に降りると、そこにあったのは、蒼が通勤に使っている車だった。

清川さんはいるのかと、周りを見る私。


「今日は私が運転します」

「……はい」


蒼が前へと言ったので、とりあえず助手席に座る私。

今日は『MAKINO』が知る企業のため、私は道案内も出来ない。

エンジンがかかり、スムーズに通りへ出て行く車。

当たり前だけれど、蒼も免許を持っているのかと、単純に思う。


「最初は、別件で立ち寄るところがありますので、その後に3社回ります」

「はい」


業務用の会話。

しばらく走ると、信号が青から赤。車は当然停まる。

横断歩道を渡るご高齢の男性。杖をつきながらなので、点滅してもまだ到着しない。

ギリギリの攻防に、こちらがドキドキする。


「まだ、続けているのか」


急に来る、同級生トーン。

何がと聞くまでもなく、仕事のことだろう。


「うん……」


時々、泣きたくなるくらい起きるのが辛い時もあるけれど、続いている。

もちろん、そんな台詞、言うわけないし。


「あんなふうに朝礼の時間に寝てしまって、頭をぶつけるなんて、普通じゃない」


そうだよね、やっぱり見ていたよね。


「あの時だけです。あとは頑張っていますから」


冷静に、返す私。


「強情だな……」

「すみません」


その後、蒼からまた何か文句が続くのかと思ったが、静かになったので、

何気なく、視線だけ横に向けてみる。

蒼は、運転をしているから当然だけれど、まっすぐに前を見ていた。



『風音……』



高校2年生の蒼。

私が知っているのは、今からもう、7年前になる。

もちろんあの頃と変わらないところも多いけれど、変わったところもあるだろう。

ビールケースに並んで座って、宿題をしていた頃のような距離でも、

包まれている空気感のようなものが、あの頃とは違っていて。


「頼れるような人は……いないのか」

「エ……」


ハンドルに置かれた蒼の手をボーッと見ていた私は、

質問の意味がすぐにわからず、答えが返せなかった。


「風音が頼れるような人は、いないのかって聞いたんだ」


『頼れるような人』

それはどういう意味だろう。

言われて考えてみると、私は気づいた頃から母と二人で、いつも自分が考えていた。

そう、母はどちらかというと、ギリギリまで何も言わず、

急に困ったと嘆くタイプで、頼れると感じたことはないかもしれない。


「そう言われたら……いないと言うしかないよ。自分で考えるのが当然だと、
いつも思っていたし」


そう、進路を決定するのも、相談と言うより、報告だった。


「でも、それが私たちだから……」


母と私。それはそれで仕方が無い。

私は、バイトも自分から始めたことで、愚痴を言うのも文句を言うのも嫌なので、

窓の外を見ることにする。

蒼からの言葉は、続くことがなくて。

問題なく進む車に、蒼はこういうことがスマートに出来る年齢なのだと、改めて思う。



もう春……そう、桜が咲いた。

新しい学年、新しい仕事、日々、前を向き受け入れる。

太陽の暖かさが、ぽかぽかと私を照らしてくれていて……



タンポポの綿毛が、ふわふわと飛びそうな日。

ウサギがピョンピョン飛び跳ねるのを、ベンチに座り、眺めたりして。

『石焼き芋』を売りに来た人には、もう季節がずれたよと、言ってあげないと。

これだけ暖かいのですから、むしろ『アイス』の方が売れますよ……と。

すると、おじさんは、その場で焼き芋を一瞬でアイスにすると言い出した。

無理ですから……と、言ってみる。



なんの音だろう、カシャカシャと規則正しい音。

でも、すぐに止まった。

ここ、海に近いのかな、少し磯の香りが……



「あ……」


目の前にある景色、私には港に見えた。

いやいや、蒼に話しかけられて、返事をして、横を向いて見ていた景色は、

間違いなく街の色だった。

ということは……




……寝ていたんだ、私。




あわてて外に出ようとして隣を見ると、もちろん蒼はいない。

どこにいるのか前を見ると、なんだろう、海に吸い込まれそうな表情で、

遠くを見ている蒼の姿があった。

そうか、どこかに立ち寄ると言っていたけれど、ここのこと?

私は目を動かして、誰かがいないのかと確認する。

蒼は、何をするためにここへ来たのだろう。

取引先があるようには見えないし。



それにしても……



なんとなく嫌な予感がして、口の左側に触れてみると、少しだけ濡れていて。

洋服も濡れてしまったのかと思い見てみたが、そこは大丈夫だった。


【8-4】



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