9 期待の芽 【9-2】

【9-2】


「さて、帰ろうかな」


これから駅に向かえば、まだまだ十分東京に戻れる。


「風音」

「何?」


4人部屋の入り口近くのベッド。

母は、ゆっくりと起き上がる。


「いいよ、起きなくて。駅までたいしたことないし、一人で」

「ねぇ……お金、大丈夫なの?」


人がいなくなって、落ち着いた時間だからこそ、当然の展開だった。

母にしてみたら、自分が原因であれこれトラブルがあり、

お金がかかっているのもわかっている。

気にしてくれるのが当然で、何も言わないのだとしたら、あまりにもおかしい。


「うん……。まぁ、大丈夫ではなかった」


私は、会社から借りたとか、色々と言おうとしたが、

ここは正直に話した方がいいと考え、蒼が貸してくれたと白状する。


「蒼……って、あの古川君」

「うん。『キタック』がね、『MAKINO』と一緒に仕事をすることになって、
蒼がうちの会社に来ることが週の半分あるの」


もちろん、『人員整理』をしたことなど、あまりこの場に関係のない話は、

あえて省いておく。


「さすがに大手だし、壮明大学を出ているくらいだから、給料も違うんだよ。
うちの事情を知って、お金、貸してくれた」


いくら借りたとか、そこまで具体的には語らなかった。

それでも、返せるくらいだからと、母を安心させる。


「でも、蒼君だって、風音と一緒の年齢でしょ」

「一緒だけど一緒じゃないのよ。蒼はエリートなの。大学にやっと入って、
バタバタしている私とは違うのよ、お母さん」


私は、久しぶりに会った蒼は、色々と変わったところもあったが、

根本的な部分は、しっかり蒼のままだったと、母に話す。


「昔からさ、人に囲まれて、その中で笑うような人だったでしょう。
きっと今も、そうなんだと思う」


形は変わったかもしれないし、厳しい部分も増えたかもしれないが、

Cランクの人間を作っても、そこをただ切り捨てることなく、

蒼は考えを巡らせてくれた。


「本当にいいのかしら」

「蒼がいいって言ってくれたのだから、大丈夫だよ。別にもらったわけではないし、
ちゃんと少しずつ返すから」


借金にも色々とあるだろうが、この方法が今の私にとっては、

ベストだと言えるから……


「お母さんも、頑張って返すからね」

「うん……わかった。でも、無理はしないでね。
あ、そう、これからは、変なものにも手を出さないで」


私はそこは何度も言うからねと釘を刺し、お茶を一口飲んだ。





東京に戻り、定例の女子会を迎えた。

藍子に、たまにはうちにおいでよと言われ、会場は初めて我が家以外になる。


「人の部屋に行くのって、緊張するものね」

「そう? 私は少し楽しみ」


みずなは、彼氏と鉢合わせはないかしらと笑い出す。

私は、それならそれでいいよと言いながら、藍子が教えてくれた道を進む。

そこには、『MAKINO』の営業所があり、イメージカラーのグリーンのトラックが、

ちょうど出て行くところだった。


「『MAKINO』か……」

「うん……野村のトラックよ、あれ」


私はそういったみずなを見る。


「そうか、みずなからすると、『野村のトラック』になるわけね。
私には、『MAKINO』のトラックに映るけれど」


関わる企業側からの視点。

互いにそうだねと言いながら、笑ってしまう。


「前にさ、蒼が変わったって言ったでしょう」

「うん……」

「あれね、少し変わってきた。あ、えっと、元に戻ってきたと言うべきなのかな」


私は社員をランクわけしたこと、本来なら契約を切るだけになるところを、

蒼が、その人が望めば、別の仕事が出来るような手はずを整えたこと、

さらに、それをみんなが受け入れやすいよう、社長が組み立てたようにしたことなど、

一気に語った。

私にお金を貸してくれたことでなくても、蒼の気持ちはみずなに伝わるだろうと、

そう思って。


「サラリーマンは、板挟みだもんね。大きな企業にいると、あれこれあると、
一緒にうちで働く営業の人たちにも言われたの」


蒼は冷たいだけではなかったと、昔を知るみずなだからこそ、

そう、解放された心のまま、語ってしまう。


「ふーん……」


みずなはそういうと、蒼もきっと、苦労しているんだねと感想を返してくれる。


「うん……」


私は次の角を右だよと言いながら、自然と頭に浮かんだ曲を口ずさんでいた。





蒼にお金を借りてから、初めて来た給料日。

私は1ヶ月の金額を紙に書き、これでやりくりしようと心に決める。

通帳は郵便局のものだから、私は通帳だけで入金が出来る。

カードは蒼が持っているはず。

お互いに知っている、暗証番号。

それは、通帳を渡された時、メモに書いてあった。

4桁の数字、『0907』。

意味がなさそうに並ぶものだったので、考えなかったけれど、

何か、意味があるのだろうか。



『お前、また無理しているのか』



この入金を見て、あいつはまた何か言うだろうか。

そうしたら私は、『別に無理なんてしていません』と、堂々と言ってやろう。

そう思いながら記帳された通帳の数字を見る。

袋に入れて、バッグに戻すと、休憩時間を有意義にすごそうと思い、

お気に入りの雑誌を買いに歩き出した。





『MAKINO』のドライバーと、元々『キタック』にいるドライバー。

研修がそれぞれに進み、合同で仕事をすることが増えてきた。

どういう形になり、どこまで歩み寄れるのかがわからなかったので、

広告も一時的にストップ状態だったが、春の引っ越しシーズンが終わり、

『夏休み』を意識した形でのCM撮影、そしてキャンペーンなどの打ち合わせが、

始まることになった。

人員整理をするときには、あれこれ細かい意見をつけてきた『MAKINO』だが、

動き始めてからは、『キタック』の意見を受け入れてくれることが多く、

週の半分、ここで仕事をする蒼の役割は、

本社と『キタック』との仲介役的なポジションが増えていく。


「ここですね」

「はい」


むしろ、『キタック』に来る前に、『電旺』で仕事をしていた中村さんに対しては、

積極的に仕事をお願いしているようにも見えてくる。

松田さんや中西さんも、『MAKINO』という巨大ブランドが加わったことで、

仕事に対する信頼も、より深まったと安堵の表情を見せた。


【9-3】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント