9 期待の芽 【9-4】

【9-4】


「奥村さん、急に爆弾落とすかな。俺そんな話、しましたっけ」

「あら、いいじゃないの、どこからどう聞いたって。お見合いだって素敵よ。
ゆっくりお付き合いして、お互いに距離を縮めて……」


奥村さんは両手を目の前でパチンと合わせる。

『お見合い』か……

中村さんなら、しっかりしているし、きっと……


「思い切り断られましたよ」

「エ!」


まずい……つい声が。


「石本さんも、そんなに反応しなくても」

「あ、すみません」


いえ、本当にすみません。

でも、中村さんがなぜ断られたのか、理由がわからなかったので。


「ねぇ、それでなんでダメだって?」


この場にいる誰よりもベテランで、お母さん的な奥村さんだからこそ、

思い切りまっすぐに突っ込める。

私は、同じように感じても思っても、絶対に口には出来ないのに。


「ダメだったと白状したのに、傷をグイグイえぐりますね、奥村さん」

「傷? そんなものどうってことないわよ。話せば治る。ねぇ、ねぇ、どうして」


休み時間ではないけれど、今日は社長も副社長も留守のため、

奥村さんのアクセルは全開のままだ。

蒼の話から、中村さんのお見合いに話は移り、それがまだまだ続くかと思っていたら、

かかってきた電話で、打ち切られた。

中村さんが交渉している企業から、変更点が見つかったという連絡で、

これは幸いとばかりに、コーヒーを一気に飲み干すと、席を立ってしまう。


「あ……逃げるのね」

「変なことを言わないで下さいよ、仕事ですよ、仕事」


中村さんは笑いながらそういうと、『行ってきます』と、私に挨拶をしてくれた。





『会いたい人……』



蒼は本当に自分から『東京』に来たのだろうか。

蒼が初めて来た日。

私はあの時、蒼がいるとは思わずに、驚いて声も出なかったが、

あいつは、私の顔を見ても、何も驚かなかった。

それは、私が『キタック』にいるということを、最初に知っていたから。


さらにあいつは、母の病気のことも知っていたし、

借金をして、荷下ろしのバイトをしようと、連絡をしたことも知っていた。

確かに、『キタック』のメンバーがどんな生活をしている人間なのか、

『MAKINO』が本気になったら調べもつくだろうけれど、

あのタイミングといい、素早い対応といい、予想していたようにしか思えなくて。


人員整理の仕事だから、人から疎まれるかもしれないから、

自分と同級生だと言うことは、伏せるようにと言われていて。



それは……



いや、考えたらダメ、あまりにも自分勝手な想像。



蒼が私を見てくれていたのは、高校2年生。今からもう、7年も前になる。

それから大学に通い、『MAKINO』に入社した。

それまで何もないなんて、到底考えられないし……



それでも、あの日……

車の中で、寝ている私を起こすことなく、触れてくれた指の感覚。



優しく見守るように、でも、心配しているように……

感じてしまうのは、間違いだろうか。



私が今でも……蒼を忘れていないように、

あいつもと思うのは……



あまりにも滑稽なことだろうか。





部屋に戻り、蒼に渡された通帳を開く。

そこに印字された『古川蒼』の名前を、人差し指でゆっくりとなぞってみた。

確信のない思いでも、今はただ、その感情を手放したくない。

私は引き出しの奥に通帳をしまい、しっかりと閉じた。





「それならば、これで印刷に回せばいいですか」

「はい、『MAKINO』からもOKが出ました。『新制キタック』のポイントを、
しっかりアピールしていきましょう」

「はい」


色々と会議を重ね、新しい広告が完成した。

求人情報誌や、生活情報誌など、広告を載せる媒体も決定する。

私は封筒を受け取り、そのまま印刷所に向かうことになった。

印刷所は、今までもお願いしていた会社なので場所もわかる。

今日はそれを済ませて、お気に入りのパン屋でランチと決めた。


「石本さん」

「はい」

「『MAKINO』が入って初めての依頼なので、私も一緒に向かいます」

「あ……はい」


蒼が一緒に……


今日は車で来ていないから、電車でということだろう。

私は支度をととのえた状態で、蒼を見る。


「すみません、それではそのまま『MAKINO』に戻りますので」

「お疲れ様です」


蒼はバッグを持つと、私の方を見る。

私も『いってきます』とみんなに頭を下げて、蒼の後ろを歩き、

階段を降りていく。

別に、決まったわけではないけれど、なんとなくこの後が予想できる。

蒼は、母がどうなのかとか、無理して仕事をしていないかとか、

きっと、二人だけになったとき、聞いてくるだろう。

私は、どう答えたら一番いいのか、シミュレーションをする。

もしかしたら、そうだ……

この間、初めて返した金額のこと、『多いぞ』なんて言うかもしれない。

そうしたら、どう計画して、どう頑張っているのか、胸を張って言えばいい。

1階まで降りて、横断歩道の前に並ぶ。

ここを渡り、コンビニの脇の道を歩いて行けば、駅までそれほどかからない。

いつ、話しかけてくるのか、そんなことを想像すると、なんだかおかしくて。

左側から来る車が、通り過ぎてからなのか、

それとも、『キタック』が見えなくなったらなのか……


歩行者用の信号が、青に変わる。

蒼の足、私の足。

少し斜めに立ち続ける状態は、ずっと変わっていなくて。


いつものコンビニ、今日はお客様が少ない。

あ、そうか、時間がね。


「風音……」


私の名前。

『あ、ほら、来た』と思ってしまって……


「クッ……」


笑ってしまった。


【9-5】



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