10 現実の壁 【10-2】

【10-2】


「それでおばさんは大丈夫なの?」

「うん、手術も無事成功したから大丈夫だよ。
全くね、入院費だけならどうにでもなったのに、変な通販の話にだまされて」

「通販?」


私は母の失敗談をみずなに披露する。

話題を蒼からとにかく離したかった。

みずなは、そういえば勧誘の電話がかかってきたことがあったかもと、

家のことを話してくれる。


「そこに乗ってしまうか、拒絶できるかなんだよね」


母は、すぐに人を信用してしまう。

かわいらしい女性と言えば、かわいいのかもしれないが。

娘としては、頭が痛いところも多くて。

話が母から病院のこと、そこからみずなの家の近くに、

新しい病院が出来たことにつながり、どんどん蒼から離れていく。

その病院に、みずなのお母さんが目の検査に出かけたとき、

クリーニング屋の橋爪さんの奥さんに会ったこと、

さらに、クリーニング店にスーツを取りに行った日、絵史と会ったことも、

つながるように語られた。



『新井絵史』

高校時代、蒼のことが好きで、アピールばかりしていた。

あの事件があった時も、絵史が根も葉もないことをくっつけて、

それがまるで本当のことのように、広がってしまって。



また……蒼のこと。



「絵史、入院していたんだって。すごく痩せていた」

「どこか悪かったの?」

「大学の時、色々とあったらしいって、噂だけね」


噂か……


「ふーん」


絵史のことは特に知りたいと思わない。

私はまた別のピザを食べていく。


「あ、これ、美味しい」

「本当?」


みずなは私と一緒の味を取り、同じように口を開けて食べていく。


「あ、本当だ、これ美味しいね」

「今度は4種類にしないでさ、これだけで1枚というのもいいかも」

「うん」





午後10時。

明日は仕事だねといいながら、私はみずなを駅まで送った。

商店街では半分の店がシャッターを閉めていたが、

コンビニとコインランドリーだけは、明かりがしっかりついている。

そういえば、牛乳がなかったことを思い出すが、お財布は持っていなくて。



いや……

コンビニより、スーパーの方が安いから。

明日、買うことにしよう。



人の流れに紛れるように歩きながら、私は部屋に着く。

扉を開けて、扉を閉めて、すぐに鍵をかけた。

目の前には部屋の灯りをつけるボタン、

一つに触れたら、全てが明るくなるような広さしかない部屋。

だから右手をそこに伸ばせばいいのに、私は扉に背中を押し当てたまま、

そこまで耐えていた感情を、解き放った。

みずなには見せられなかった涙が、一人だとわかっているから、遠慮無く落ちていく。


何もかも、現実は1ミリも動いていなかった。

蒼にだって、何かが動くようなこと……そう、言われたことはない。

だから、当然だと言えばそれまでだし、私がおかしいのだと言えば、

間違いなくおかしいのだろう。



でも……



足下の小さなかわいい花を見ながら、登っていた山道から、

崖の下に一気に落とされた気分になっている。

みずなは悪くない、私のことを思った、むしろありがたい行動だと思うのに、

いい加減にしろと自分の頭に命令しても、涙が止まらなくて。

私はその場でしゃがみ込み、しばらく両手で顔を隠し泣き続けた。





『古川蒼』

蒼の通帳。借りた金額、そして先日の返金。

10年かかってもいいと言っていた理由が、『かわいそうだから』という理由だとわかり、

それはこのままにしておくわけにはいかないと思い始める。


『もっと切り詰めて、もっと返金の額を増やそう』


その日は、何度も金額を書いて計算し、またそれを破いた。





『おにぎり2つとお茶持参』

私のまず出した答えは、昼食のお金を切り詰めることだった。

コンビニでお弁当を買ったり、お茶を買ったりすれば、数百円がなくなる。

おにぎりを持参すれば、今よりもお米は多く買わないといけないが、

それは近所を色々とリサーチして、安いお米とお店を見つけた。

5キロよりも10キロ一気に買う方が、安くなるのだから、

次の休みの日、私は自転車に乗り、朝からディスカウントストアの列に並ぶ。

そしてカートに大きな米袋を乗せると、他のものを見ることもなくレジに向かった。


「はぁ……」


自転車の前カゴに入れると、バランスが悪くてグラグラする。

次に買うときは、後ろにくくりつけた方がいいかもしれない。

狭くて車が来そうな道では自転車を降りて、押していく。

アパートの自転車置き場に自転車を止めて、そこからは米の袋を抱えて歩く。


「よいしょ」


床の上に10キロのお米。

結構な重労働だった。


【10-3】



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