10 現実の壁 【10-3】

【10-3】


「郵便局に行ってきます」

「あ、風音ちゃん。悪いけど、『和歌山の梅干し』のちらしあったら、
もらってきて」

「梅干しですか、わかりました」


今週中に送金しないとならないところがあるため、私は会社の通帳を持ち、

郵便局に向かう。そして、蒼には2回目の返金をしようと決めていた。

小さな節約を重ねに重ね、前回よりもさらに2万円、金額を増やした。

さすがに、これ以上はまたおかしな生活になりかねない。

通帳を広げて、財布からお札を出すと、機械に収める。

カチャカチャと印字の音がして、出てきた通帳には確かに返金した金額が載っていた。





郵便局から戻ると、先にお昼休みを取っている人たちの姿がなかったため、

3階には副社長の姿しかなかった。

その副社長もこの後、出かけるのだと上着をハンガーから外す。

そこに外回りを終えた中村さんが戻ってきた。


「いやぁ……参ったよ『京南線』が止まったからさ、歩いてきた」

「『京南線』止まったんですか?」


『京南線』とは、私たちの『キタック』から一番近い駅を持つ私鉄だ。

ここから東京の中心に行くにも、急行があり、反対側に向かうと、

横浜にも出て行ける、なかなか便利な電車になる。


「人身事故だと。どうしてこんなときにそんなことするかなと思いながら、
歩いてきたわ」

「どこからだ」


副社長の問いに、中村さんは『北成』からですと返事をする。


「『北成』だと、1時間近く歩いただろう」

「はい、そのくらいはありましたね」


中村さんはそれでも、止まっていつ復活するするかわからないものを待つより、

よかったと言い、手に持っていたペットボトルのお茶を飲んだ。

副社長は携帯電話を取り出すと、出かけようとしたが電車が止まっているため、

あらためての日程を決めようと、相手と話し出す。

私は自分のバッグから、いつものようにおにぎりを入れたケースを取り出し、

お茶のボトルを置く。


「いやぁ……あ、いたいた」


先に昼休みを取った中西さんと松田さんが、そこに戻ってきた。

ランチを食べたお店の中で、『京南線』の事故を知ったと言い、

中村さんに大丈夫だったのかと聞いている。


「大丈夫じゃなかったよ。結構、歩いた」

「うわぁ……俺なら駅の休憩室から出ないけどね」

「お前ならな」


松田さんをからかいながら、中西さんは交渉の結果がどうだったのかと、

中村さんに聞いていく。


「あぁ……うん。これ」

中村さんはバッグからファイルを取り出し、松田さんに手渡した。

役割を終えたその手は、私の前まで伸びてきて、『おにぎりが1つ、奪われる』。


「あ……」

「ごめん、歩いてきて腹が減った。これ買うから」

「エ……」


いいとか悪いとかを言う前に、包んだラップはほどかれて、

おにぎりは中村さんの口に入ってしまう。


「あぁ……こういう条件ね」

「うん」


松田さんの声に、中村さんはどの箇所が有効で、どこかまずかったのかを、

左手で指し示していて、右手は私のおにぎりを持っている。


「ここだけ変えようと思ってさ」


中村さんの右手が、私のおにぎりを口に運んでしまう。

私のおにぎりは……目の前の1つになって。


「これならいけそうですね」

「あぁ、問題はないと思う。でさ、悪いけれど後は頼んでもいいかな。
俺、まだ昼飯食べてないし」

「あ、いいですよ、やります」


中村さんはそう言いながら、おにぎりを1つ完食してしまった。


「行こう、石本さん」

「エ……」

「好きなのかもしれないけれど、毎日おにぎりじゃ飽きるだろ。
今、1つ、俺が買ったから、その代わりにおごる」

「いや、あの……」

「ほら、行くぞ」


目の前にいる松田さんと中西さんにも、『行っておいで』と言われてしまう。


「それなら……」


私も自分の財布を持ち、急な出費になるがそれは仕方が無いと思いながら、

中村さんの後を追った。





去年『キタック』に入ってきてから、中村さん、そして松田さん中西さんとは、

一緒に色々な問題を考えてきた。中村さんは3人の中でも一番年上で、

年齢は確か30歳だと聞いている。

一緒の職場だし、話をすることは毎日だったが、

会社の飲み会とか、忘年会とかではない日に、こうして食事に行くのは、

初めてかもしれない。


「何がいい?」

「何でも」

「それじゃ、ラーメンにしよう」


中村さんの後ろをついていくと、駅の反対側にある中華料理屋さんに入ることになった。

昔からのたたずまいで、男性が入るのを見ることはよくあったが、

女性が入っているのをあまり見たことがない。

しかし、扉を開いてみると、中は思っていたよりも広く、

いないと思っていた女性の一人客も、数名が存在した。


「いらっしゃい」

「2人」

「空いているところにどうぞ」


お店の人に言われ、私たちはお店の真ん中あたりに席を決める。


「さて、何にする」


中村さんはメニューを私に渡してくれた。

表紙が分厚くて、何やらひものようなものがついているメニュー。

夜になるとお酒も出る場所なのだろう、おつまみになるような一品料理が、

結構な数、並んでいる。


「ここ、結構いいよ。仕事終わりにも、面倒だなと思うと、寄って帰ることもあるし」

「そうなんですか。今、メニューが結構あるなと思って」

「何か食べてみる?」

「いえ、私は……」


興味はあるが、予算がない。


「エビチリと、青菜の炒め物。あと……」


中村さんの目が私を見た。


「あ……えっと……ラーメンを」

「チャーシュー麺、2つ」


『チャーシュー麺』になってしまった。

すぐに値段を見ると、250円違う。


「おごるって言ったんだから、値段は気にしなくていいよ」

「いえ、そんな……」

「何かあったの?」


中村さんは、前に置かれたお冷やを飲む。

何かと聞かれて、私はどう答えていいのかがわからなかった。


【10-4】



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