10 現実の壁 【10-4】

【10-4】


色々とあるにはあったが、何を話していいのか……


「ここのところ、ずっとおにぎり持ってきているよね。
ごめん、別にさ、ジロジロ見ているわけではないけれど、買い物に行く雰囲気もないし、
休憩時間になっても前のように、コンビニに行くとかもないから」


中村さんは前はそうでもなかったよねと、私を見る。

私は下を向くことしか出来なかった。

確かに中村さんは好意で言ってくれているのかもしれないが、

『見られていた』ということが、どこか辛くなる。


「こんなことを聞くのはね、俺もさ、昔、同じようなことをしていた時期があったから。
もしかしたらと、気になって」


中村さんは、大学を卒業してから1年後、

先輩から車を借りて、事故を起こしてしまったことを話し出した。

人を巻き込むようなものではなかったが、車は完全に壊れてしまい、

その償いのため、お金を節約したかったという。


「もちろん保険には入っていたけれど、乗っていたのが本人ではないだろう。
相手の点数が悪くなるのも申し訳ないから、俺が払いますと言ったわけ。
でも、何十万だからさ、そのためには生活費切り詰めないとならなくて。
石本さんのように、うまそうな握り飯じゃなくて、本当に米をギュッギュッと……」


中村さんの手が、おにぎりを握るというより、握りつぶしているような仕草をする。


「そんなことを思い出した」


ただの好奇心ではなく、同じような経験があるからという言葉に、

私は素直に頷いていく。


「あ、来た……」


運ばれてきた料理と、『チャーシュー麺2つ』。


「先に食べよう、伸びるし」

「……はい」


私は割り箸を取り、1組を中村さんに渡す。

きちんと半分に割り、『いただきます』と声に出した。

チャーシュー麺というのは、男性が好むものだと思っていたので、

私は今まで、どの店でも一度も注文したことがなかったが、

そんな予想など覆すくらい、美味しいものだとわかる。


「美味しいですね、これ」

「うん……たださ」

「はい」


何かあるのだろうか。ナイショの話ではないかと思い、

自然と体が少し前に出る。


「この店だからうまいんだ。どこの店でもうまいかと言われたら、
それは違うと思うし」


中村さんはそういうと、この店は本当にレベルが高いよと言い、

エビチリや炒め物を、小さなお皿に入れて、分けてくれる。


「すみません」

「いえいえ」


エビチリの辛さも、青菜のシャキッとした食感も、

確かにこの店だからなのかと、思えるくらいの味だった。

お腹が満たされていくことで、気持ちも温かくなっていく。


「実家の母が、具合を悪くして」

「お母さんが」

「はい。手術も勧められていたのに、別のことで少しお金を使ってしまったために、
入院していなくて。親戚にお金を借りたりしたことも、黙っていて」


私は、中村さんにこれまでの流れを語ることにした。

中村さんたちが入ってきてからずっと、3人の中でも一番年長者で、

頼られることが多い人だったので、向かい合っているうちに私自身も、

自然と事情を口に出来た。


「そのお金を、石本さんが返しているのか」

「はい……」


借りた相手が蒼になったことなど、余計な情報は入れなかった。

ただ、お金が必要で、なるべく早く返済したいために、

出費を切り詰めるしかないことを、理解してもらえばそれでいい。


「大変だな、一人暮らしなのに」


中村さんはそういうと、残っていたエビチリのエビを口に入れる。


「それで、お母さんの具合は」

「はい、手術も終えましたし、もう家に戻っています」

「そうか、それはよかった」


そう、病気についてはきちんと治せたこと。

そこは大きい出来事になる。

お金もかかって、大変で、治らなかったというのでは、気持ちの向きが変わってしまう。


「まぁ、母親のことだから、協力しないわけにはいかないだろうけれど、
あまり無理をせずに、楽しみも持って頑張れ」

「……はい」


はいと頷きながらも『楽しみ』という言葉に、少し違和感が残る。


「追い込まれていると思うと、全てがマイナスに回るだろ。
境遇とか、状況とかから、楽しめる部分を見つけることが出来たら、
それは石本さんの成功」


節約生活も、突然起こる出来事も、

迎え撃てるようになれば、本物と言うこと。


「俺が出来るのは、こんなふうにたまにおごってやるくらいだ。
でも、気分転換にはなるだろう」


中村さんはそういうと、笑顔を見せてくれる。


「はい」

「どうしても大変だったら、社長にも相談した方がいい。
うちの社長は、石本さんも知っているだろうけれど、人情を固めたような人だからさ」


私は、その通りだと思いながら『はい』と頷いた。

本当に社長は、優しい人だ。

勤務状態や条件がCランクになり、

その後の『MAKINO』からの仕事の依頼も断ったメンバーたちに対して、

まだ仕事が探せないかと、影で奮闘していると聞いている。


「きちんと苦労して生きている人の姿は、見ている人が必ずいるから」


中村さんはそういうと、そろそろ戻ろうかと席を立つ。

私が財布を開こうとすると、その手を上からしっかりと押された。


「言っただろ、おごるって。そういうことはしない」

「……でも」

「石本さんと話せて、楽しかったから、それでいいよ」


中村さんはそういうと、支払いを全て済ませ、お店を出て行く。

私は前に回ると、『ごちそうさまでした』と頭を下げた。


【10-5】



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