10 現実の壁 【10-5】

【10-5】


中村さん……

この1年くらいの中で、一緒に『キタック』を作ってきたという、

気持ちもあったからかもしれないが、自然と今の自分を言葉に出せた。

『追い込まれずに楽しむ余裕を持つ』

心に、残しておこう。



「朝起きてさ、今日がプレゼンだと思ったら、足が動かないんだ」

「緊張ですか」

「いや、違う」


ランチの帰り道、私は中村さんがどうして『電旺』を辞めたのか、

それを聞くことになった。大学を卒業して順調に入れた大手企業。

普通ならそう簡単に辞めたりはしないはず。


「電旺の仕事は、他企業の手助けをすることだ。
もちろん、相手のために仕事をするけれど、何かを考えても、調べても、
俺はどこか『人ごと』感覚が抜けなかったのかもしれない」


中村さんは、同じオフィスの中で、『同業者』の広告や、

謝罪会見に関わっている人たちを見ながら、どこかおかしな気がして、

平衡感覚を保てなくなったと話し続ける。


「同業者ですか」

「そう、『SANGA』と『カルーテ』とか……。どちらも車メーカーだろ。
その両方から依頼を受けて、その両方のために動く」


『平衡感覚』という意味が、少しわかる気がした。

互いの会社は、その相手に勝つため、日々努力をしている。

それなのにどちらにもつかず、活動を続けていくというのは、

一体、何を目指し、どこを応援しようとしているのか、得ようとしているのか、

わからなくなったということだろう。


「そんなときにね、北村社長に出会った。『キタック』自体は知っていたし、
企業としてもしっかりとした経営をしているという意識はあったよ。
でも、まさか入社するとはね」


中村さんは、それでも社長と会うたびに、『キタック』に対する思いを知り、

だんだん惹かれていったと言う。


「弱いところとか、困っているところとか見せられてしまうと、
俺がなんとかって、思うんだよ」


私は中村さんの話を聞きながら、別会社から入ってきた松田さんや中西さんも、

同じように社長との出会いがあったのかと考える。

そういう私も、アルバイトだけをするつもりが、就職先にしようと思えたのは、

あの社長だったからだろう。


「石本さん、飲めないんだよな」

「はい」

「そうか……酔っ払ってストレス発散とはならないわけか」


中村さんはそういうと、笑い出す。

少し遠い場所に食べに出かけた気になっていたが、帰り道はあっという間だった。

横断歩道、そして信号。

渡れば『キタック』になる。


「学生時代からの友人と、定期的に会うようにしていて、
それが私のストレス発散です」

「ほぉ……」


みずなと藍子。

私の毎日に、楽しさを加えてくれる人たち。


「さて、午後も頑張りましょう」

「はい……」


私は中村さんと一緒に階段を昇り、仕事場に戻る。

すると、奥村さんからの『行くなら私も誘ってよ』という文句を、聞くことになった。





『キタック』と『MAKINO』が業務提携を結び、色々と慌ただしかった春を過ぎ、

季節は夏へ向かって一直線とも言えるくらい、暑い日がやってきた。

連日『記録だ、記録だ』と、テレビの向こうでアナウンサーが連呼する。

私たち室内業務担当は、冷房の当たる場所で仕事が出来るため、

そこまで追い詰められてはいないが、ドライバーたちは、荷物を運び、

さらに引っ越し業務となれば、家具の設置まで請け負っているため、

『終わり』となると、とにかく汗をかき、戻ってくるとぐったりしている。


「塩分補給飴、予備あったっけ」

「見てきます。今年はもうみなさん持ち歩いているみたいで」

「そうよ、気をつけるのは水分補給だけではないからね、今は。
塩分も大事だって」

「はい」


私は3階から2階に降りると、みなさんのロッカーがある前に置かれている、

冷蔵庫の中身と、棚の中身を確認する。

『イオン飲料』と『塩分補給飴』、予想以上に減っていた。

今ならまだ、『消耗品』の注文、間に合ったはず。

私が残りの数を数えていると、これから仕事に向かおうとすスタッフが、

横を通っていく。


「みなさん、今日も暑いですから、無理のないようにしてくださいね。
これ、持ってます?」


目の前の飴を手に乗せる。


「大丈夫、大丈夫……というところだけどさ。いつも同じものっていうのもね」


飽きてしまったと、ベテランの助手担当者に言われてしまう。


「あぁ……えっと……はい」

「いやいや、石本さんに愚痴っても仕方が無いよ、行ってきます」

「はい、気をつけて」


そうか、『飽きてしまった』と言われて、『確かにそうかも』と思った私。

いつも同じものを置いているし、確かに毎日ではね。


「おはようございます」

「あ……おはようございます」


下から上がってきたのは、蒼だった。

昼前の出勤でも、『おはようございます』というのが、社会人の常識。

蒼は周りを少し見た後、私に手招きをする。

私は、机に突っ伏して仮眠しているスタッフを起こさないように歩き、

階段の横に立った。


「あれは、どういうことだ」


蒼から出た『あれ』。

私にはすぐに意味がわかる。


「あのね……」

「今日、仕事が終わったら、『砂戸屋』の前で待っていてくれ。車で拾う」

「いや……あの」

「きちんと聞くから」


蒼はそれだけを言うと、私の予定など何も聞き返さずに、そのまま3階へ向かった。

こうなることは、まぁ、蒼に『どうしたのか』と言われることはわかっていた。

でも、あらためて車で拾ってもらって、説明する話でもない気がして、

メモ紙でも渡そうかと考える。


そう、今週の月曜日、実家の母から連絡をもらった。

今回の出来事があり、事情を知った祖父母が母に、

とにかくお金を返すようにと、老後の資金と考えていた60万円のお金を渡してくれた。

母は、自分がうかつに通販に手を出してしまったので、話が複雑になり、

私まで巻き込んでいることを素直に謝った。

母も、今のお金の出所が蒼だということを知っているので、

この60万円を返済に充てて欲しいと連絡があったのだ。

いくら知っている人とはいえ、やはり他人に借りているのは気が引けるだろう。

しかも、高校時代から知っている人なのだから……。

私はそれならばと通帳の番号を教え、そのまま振り込んでもらうことにした。

おそらく、蒼は残高が一気に増えていたことに気付き、

私がまたおかしなことをしているのかと、気にしているのだろう。


「ふぅ……」


とにかくきちんと説明しよう。

そう思いながら、階段を1段ずつ登った。


【ももんたの小ネタ交差点 10】

塩分を補給する飴やタブレットなど、近頃スーパーやドラックストアでも、
よく見かけます。実際、私も仕事の中で、配送業者の事務所の、
カゴの中に入れてあるのを見たことがありました。でも、気をつけないと、
お手軽過ぎることで、逆に『取り過ぎ』てしまうこともあるそうです。
確かに飴のような形だと、ついポンポン口に入れそう(私だけか?)



【11-1】



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ありがとう

ナイショコメントさん、こんばんは
コメント、ありがとうございます。

自分でも読み直してみて、ちょっとわかりづらいなと。
『残金』ではなく、『残高』と直しました。
通帳ですからね、そうです。

自分では、そうしていたつもりなのに、
書くのも、読み直すのも自分だと、『したつもり』になりますね。
気付かせていただけて、とってもありがたかったですよ。

これからも何か気付くところがあったら、
教えてください。
皆様の協力あり! で続く、発芽室ですので。

楽しみに読んでいますのコメント、
何よりも励みになります。
これからも、よろしくお願いします。