11 不意の時 【11-2】

【11-2】


「60万円は、母と私の事情を知った祖父母が、返済用に渡してくれたお金です。
だから直接口座へ入れてもらった。
母も、色々あって蒼からお金を借りていることを知っているの。だから……」

「どうしてそんなことをするんだ。60万だぞ。おじいさん達に必要なお金だろう」


まぁ、お金を必要としない人はいないけれど。


「別に無理矢理お願いしたわけではないから。
とにかく、お金を返す方が先だし……」

「10年かかっても、構わないと俺は言ったはずだ」

「それは……」


それは、私が嫌だ。

少し前までの蒼なら、笑って『ありがとう』なんて返していたかもしれない。

でも、みずなに『現実』を教えられた。

私たちは、もう、高校生のあの日ではない。


「蒼、やっぱりおかしいよ、それは……」

「おかしいのかどうかは……」

「蒼……みずなのこと、覚えている?」


みずなと蒼は、とくに誘って話をするほど親しかったわけではないけれど、

でも、私と一緒にいたみずなのことは、きっと覚えているはず。


「あぁ……吉村だろう」

「うん」


そう『吉村みずな』。私の大切な友人。


「みずなね、『SANGA』に入社したの。勤務は販売店だけれど、
『銀座通り』にある、大きなところ」


場所を言えば、気づくだろうか。

蒼からは、何も声が戻らない。


「この間、蒼を見たって言っていたよ。あまりにも突然だったし、
思いがけない現れ方だったから、声もかけられなかったみたい。
ほら、みずなって昔から、おとなしいし」


私は精一杯、明るく楽しい雰囲気で語ろうとしているつもりで、

『北島里穂』さんは、きれいな人だよねと言葉に出してしまう。


「『SANGA』の社長の、お嬢さんなのでしょう」


みずなが『SANGA』の販売店にいるから、そこに来た二人を思いがけず見て、

そうか、蒼は里穂さんとお付き合いをしているのかと思ったことを、

階段を2段くらい、飛び越えるような説明で話してしまった。

でも、お付き合いしている人とか、蒼の恋人なのでしょうとか、

どうも直接的な言葉で、言い出せなくて。


「その話をみずなから聞いて。あ、これはお金は早く返さないとと思って……」

「どうして……」

「どうしてって」


どうしてなんて、蒼から言われるとは思わなかった。

どうしてなのかくらい、頭のいい蒼なら、わかるはずでしょう。


「だっておかしいよ、こんなふうに借金して。
で、返金はいつでもいいだなんて。もし私が、彼女の立場だったら……」


そんなあり得ないことを口に出す。


「いくら高校時代の知り合いだとしても、そんなお金の貸し方は、
やっぱり嫌だと思うし」


そう……たとえ、恵まれないかわいそうな同級生を、救うための行動だとしても。

貸した相手が女性というのは、気持ちの片隅で何かを疑いかねない。


「風音が気にすることではないし、あのお金は俺の金だ。
誰に何を言われることもない」

「それは蒼の理論でしょう」

「あいつは、そんなことを言う人じゃないから」


『あいつ』

里穂さんのこと……


「そうかもしれないけれど……」


今の一言で、私の中で1本の糸がプツリと切れる。

蒼が里穂さんとお付き合いをしていることは、ウソでも幻でもない。

彼女の性格もわかっているからこそ、『あいつ』と呼べるような近しい間柄だから、

代弁ができる。

『彼女なのか』なんて、直接的に聞かなくても、よくわかる。


「残りも、なるべく早く返します。でも助かった。本当にありがとう」


バックミラーに映るように、しっかりと頭を下げた。

どうしていいのかわからなくて、泣いた日を思えば、

そう、感謝は本当にしている。

時間の渦から、抜け出すことが出来たのは、蒼のおかげ。


「俺がいいと言っているんだ」

「蒼……」

「風音には自分の意志で、お金を貸した。返し方だって、俺が……」

「何度も言わせないで、私が嫌だからなの」


そんな台詞、こんな言い方で言おうと思っていなかった。

単純に、こうなったこうします、さようならと終わりにするはずだった。

それなのに……


「同級生なんだよ、私たち。もう、何年も前だと言ってもさ」


私たちは『同級生』だった。同じ教室に通い、授業を聞き、

互いの家の大きさや、親の財力など、関係のない時間を過ごしてきた。

互いの目を見て、言いたいことを言えた日が、確かにそこにはあって。


「私は……嫌なんだよ、蒼」


うまくなんて言えない。

心を隠したままで、うまくなんて言えるわけがない。

どうしようもないことはわかっているのに、里穂さんに会ったこともないのに、

蒼との距離の近さを教えられて、ごまかしようもなくて。

先のない優しさに浸る自分が、浸りたくなる自分が、許せないのだから。


「はい、説明は終わりです」


そう、これが現実。

もう、何もかも次の日に向かって……



……あれ?



「ねぇ、蒼、扉開けてよ」


扉が中から開かない。自分でロックした覚えはないから、おそらく蒼が……

その瞬間、蒼がエンジンをかけ、車を走らせてしまった。

車が突然走り出すことに構えのなかった私の体は、

ふらっと揺れて、慌てて横をつかむ。


「あ……ちょっと」


車は駐車場を出て、大通りに出る。

元々制限速度が『50キロ』くらいの場所なので、他に走っている車も、

それなりのスピードが出ていた。

その流れに負けないくらい、いや、明らかに追い抜くスピードで、

蒼の車は先へ進んでいく。


「ちょっと、蒼。どこに行くの? 私、帰らないと……」


いつも会社と駅、その往復だった。

この通りがどこに向かっているのか、家から離れるのか近寄るのか、

それすらもわからない。


「蒼!」


『スタントマン』の経験などないので、このスピードの中、

体ごと飛び出すなんてことは無理だし、出来るはずもなく、

私はただ、流れていく景色を見送り、運転席で無表情のままの蒼を見て、

その繰り返しをすることしか出来なくて。

信号の上に看板があったから、場所を確認する。

土地名を見た瞬間、

これは都心ではない方向に向かっているのだということがわかった。


「蒼……どうしてこんなことをするの。私、何かおかしなことを言った?」


お金を返しますと言っていることの、何が悪いのだろう。

里穂さんのことを、口に出したことが気に入らないと言われても、

それが『現実』なのでしょうと、言い返してやる。


「蒼! いい加減にしてよ」


私の精一杯の叫びにも、蒼は無視を決め込んでいて、

これは逆効果なのかもしれないと思い、そこからは諦めの態度を取る。

何がなんだかわからないけれど、癪に障ったというのなら、

どうぞ好きなようにしてくださいと、そのまま前を見続けた。


【11-3】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント