11 不意の時 【11-4】

【11-4】


「はぁ……」


コピーをしながら、左足と右足、順番に軽く動かしてみる。

思いがけない走り込みをしてしまったために、次の日は足が痛くなった。

それはそうだろう、スニーカーならともかく、低めとはいえ、パンプスだ。

あの場所を、そう、陸上部が嫌っていたあの坂をかけあがる靴ではない。

細い道はそのまま高校の横につながっていて、確かに正門に出た。

でも、そこからが長かったし、路線も今は全く別なので、

乗り換えて、家まで戻る頃には、精神的にも肉体的にもボロボロだった。

部屋に戻ってもおかずひとつ作る気持ちにもならなかったし、眠ろうとしても……



蒼に、ふざけて抱きしめられた感覚が……



「ふぅ……」


『砂戸屋』にわざわざ呼び出されて、急に車が発進して、結局……

あぁ、腹が立つ、もう、本当に頭にきた。

もう、あんな……



あんなやつ!





「おはようございます」


その声に、思わず反応してしまう。


「おはようございます。古川さん、早速で悪いけれど、見て欲しいものがあって」


蒼が、昨日のことなど何もなかったかのように、いつもの姿で出勤する。

そう、いつものようにだ。

私は顔を合わせないし、挨拶をするつもりもない。

子供だと思うのなら、思ってくれて結構。

あんな時間の流れ、軽く流せるようなものではないのだから。


「えっと、これなんだけどさ」

「はい」


中村さんに話しかけられた蒼。

私は、視線だけ向けてみる。


『俺が自分で……』


昨日はお金の話から、里穂さんの話になって、

『清廉高校』に向かい思い出に少しだけ浸った。

私としては、一生懸命自分の立場で対応したつもりだけれど、

みずなに指摘されたこともあるし……


もしかしたら……

そう、蒼へまだ気持ちが残っていたということを、

私の心の中を、あいつにバッチリ見抜かれていたのかも。


お金を貸してくれたし、もしかしたらなんて顔、

私、あいつに見せていたのかな。



だとしたら、惨めだな、私。



「風音ちゃん」

「はい」

「車検の書類、目を通した?」

「あ、まだです。どこにありましたっけ」

「ロッカーよ、今のうちに見ておいて」

「はい」


蒼の後ろにあるロッカー。

近づきたくないけれど、仕方がない。

蒼は、中村さんから渡されたデータの資料を見ながら……



急に振り向いて……



「石本さん」

「は? はい?」


いつもの蒼と、変に声が裏返った私。

一度咳をして、整える。


「何か」

「車検のことですが、
中型以上は全て『MAKINO』が指定する業者にお願いしてください」


『MAKINO』と『キタック』が同じ仕事をするにあたり、

業者が別々だと、面倒なことが多いのだと説明される。


「現在、お願いしている会社も、こちらの基準を受け入れていただけるのかどうか、
これから確認するつもりです」

「あの……でも」

「今まで仕事を受けてくれている会社に対してという話ですよね。
それに関しても考えています」


言おうとしたことを、言う前に返される。


「『MAKINO』も配送車を増やすことが決まりました。
地域を回る小型の車です。配送もご近所の主婦の方や、一度業界から退かれた方など、
新しい形が動き出していますので」


蒼は元々、小さな車を得意としている企業には、そこを増やすつもりだと話す。

つまり、車の種類は変わるが、仕事量は減らないのだと言われ、

それならばと引き下がろうとする。


「宛名の印刷、今日中には終わりそうですか」


宛名の印刷……

そういえば、退職した人たち全てに手紙を出すというあれのことだ。


「はい、午前中には」

「それなら、午後、確認しますので、全てデスクの上にお願いします。
それと、これを見ておいてください」


1枚の紙。


「はい」


私はそれを受け取ると、ファイルを手に取り、席に戻る。



『昨日は悪かった。無事に戻れたのか』



何……これ。

私は丁寧に紙を折った後、一度、顔を上げる。

そこで見えたのは、少し困ったような顔の蒼。

何よその顔、誰のせいで筋肉痛だと思っているの。


「わかりました、すぐに取りかかります」


こんな返事、内容としてはつながっていない。いい答えだとも思わない。

でも、何か言わなければ終わらなくなる。

私はファイルから車両のデータを全て抜き出し、

営業所ごとにまとめていくことにした。


【11-5】



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