12 秘密の箱 【12-1】

12 秘密の箱

【12-1】


「初めまして、牧野と申します。仕事でこちら方面に来ることがありましたもので。
突然訪問させていただき、申し訳ない」

「いえ、こちらこそ、何もわかっていませんで。ドタバタしております」


本当に、牧野さんが姿を見せた。

いつも蒼と一緒に行動している清川さんが、今日は牧野さんの運転手を務めている。



『黒い車』



そう、『ふくたろう』の前に停まっていて、

仕事が終わった蒼のお母さんを乗せていった人、あの人に間違いなかった。

清川さんの横に立つ蒼は、牧野さんがここに来ることを、

本当に知らなかったのだろうか。


「『キタック』さんには、色々とご無理をお願いしていると、
蒼の方から聞いておりまして。それならば、私が一度、ご挨拶をすべきだろうと、
神戸から出て参りました」



蒼……と、呼んでいる。



「あ、いえ。古川さんには色々と細かく動いてもらっていて」

「そう言っていただけると、少しだけ安心します。
この年齢の割には、なかなか優秀なところがあるとは思っておりますが、
何しろまだ、24ですしね」


父親の視線。

牧野さんの一言、一言が、そう聞こえてくる。


「せっかくですから、みなさんのお名前もお聞きしてよろしいですか」


牧野さんにそう言われ、社長は慌ててそれぞれを簡単に紹介してくれる。

中村さんや松田さんも、名前を呼ばれて挨拶をして、

奥村さんがこの秋で退社するのだと知り、それは残念ですねと、言ってもらう。


「古川さんと同じ、今年24歳の若手、経理、広報担当、石本風音です」

「石本です……」

「風音……」


牧野さんの声、今、確かに私の名前を言った気がする。


「かざね……とは、なかなか珍しいお名前ですね」

「はい……」

「あ、いえ、失礼しました。かわいらしいお名前だなと思いまして。
申し訳ない、妙な言い方になってしまって」

「いえ、そんな」


今、私には牧野さんの目が、怖いくらいだった。

あの日も、蒼のお母さんが私に話しかけてきたのを、

あまりよく思っていなかった気がしたし、今も言葉とはうらはらに、

向けられている視線は、冷静すぎるくらいにしか思えない。


「蒼。今日はこのまま『SANGA』に向かうつもりだ。
仕事に都合をつけさせてもらって、君も……」



『SANGA』



「仕事を終えてからではまずいでしょうか」


蒼は、営業者の車検関係書類を、済ませなければならないと言い返す。


「車検の書類」

「はい」


確かに期日は決まっているけれど、でも……


「会社の担当者は、どなたなのかな」


私は『はい』と手をあげる。


「あ……」


大手の会社で、数え切れないほどの人たちを仕切る人物というのは、

こういうものなのだろうか。私は経済界の重要人物など、誰一人知らない。

でも、言葉はとてもしっかりしていて、丁寧なのに、

視線が冷たくて、見つめられていると怖くなる。


「それならば先に行っている。でも、なるべく早く来なさい。
わざわざお時間を空けていただいているのだから」

「……はい」


蒼は結局、最後まで仕事をしてからということにこだわり、

牧野さんが『キタック』にいたのは、30分程度のものだった。

社長と蒼が、一緒に下に向かい、1階に作られている引っ越し作業の勉強場所で、

色々と説明を続けている。


「いやぁ……本当だったのね」

「ですね」


以前、奥村さんが息子さんの同級生が『MAKINO』に入り、

蒼のことを話していたという話を、私と中村さんが聞いた。

二人の掛け合いは、そこなのだと思う。


「何、何」


あの日いなかった松田さんは、知らなかったので、

あらためて奥村さんが1から話し出した。

人物が目の前に揃ったことで、その内容に、本物感が増していく。


「そうか、だから今、蒼って……」

「あぁ……息子というつもりなのだろう。うちの息子に、妙なことをしないでくれと、
まぁ、俺たちに釘を刺しているというか」

「釘?」

「そうね。逆らったり、いじめたりしたら、許さないぞと言うことでしょう」


奥村さんは、松田さんに向かって両手を広げ、襲いかかるマネをする。


「なんですか、それ」

「そういうものよ。親心は」

「いやいや、奥村さんがやるとおかしいです」

「何!」


松田さんは笑いながら奥村さんの攻撃を避け、中村さんは資料を取り出すと、

契約企業に連絡を入れ始める。

みなさんにとっては、そこまでで終わる話なのだろう。

私は牧野さんが『SANGA』の名前を、今この場で出したことが気になった。



いや、それもおかしなことだ。

もう、わかっていることなのだから。



『かざね』

この名前に、覚えがあるだろうか。

いや、もうあの日のことなどきっと、記憶にないだろう。

見たこともないような車の存在に驚いた私とは違い、

牧野さんにとってみれば、自転車に乗る女子高生など、取るに足らない風景なはず。

私は車検に出さないとならない車両を振り分けながら、

車が出て行く音を聞いていた。



「それでは、失礼します」

「お疲れ様」


蒼は、ほとんど定時という時間に、『キタック』を出て行く。

牧野さんが来た時には、どこか隠すようにした封筒が入った段ボールを

抱えながら降りていった。


【12-2】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント