12 秘密の箱 【12-2】

【12-2】


それから3日後、週末は一度、埼玉の実家にでも戻ろうかと考えていると、

営業先から戻ってきた中村さんが、なにやらチケットを出してくれた。


『蓮の花温泉』


「これって」

「知っている?」

「はい」


『蓮の花温泉』というのは、地方にある有名温泉というのとは違い、

温泉要素を含むお風呂に入り、マッサージや食事どころなどが揃っているという、

温泉ランドのようなものになる。

統一された建物と、計算された灯があり、特に女性客が多いところだ。


「お母さん、病気からもう退院されたんだろ」

「はい」

「だったら、連れて行ってあげたらいい」


中村さんは、この会社と仕事を終えて、もらったチケットだけどと、

私の前に置いてくれる。入場料や入湯料。それにマッサージなどの券を考えたら、

それ相当の価値がある。


「中村さん、これは」

「買ったものではないし、もらったものだから。裏を見たら、埼玉にもあるだろ、
東京でもいいし、どこか近くにないの?」


裏返しにしてみると、実家から電車で10駅。

そこにあることがわかる。


「それなら買います」

「だから、買ったものではないと言っただろ」


中村さんはそういうと、すぐに次の仕事に向かう準備をする。


「素直に受け取っておけばいいんだ。もらった時に、石本さんの顔が浮かんだから、
そうしただけだし」


中村さんは、もう自分には母親がいないのだと、そのときに教えてくれる。


「高校生の時にね、急に倒れて。驚いているうちに亡くなっていて」


朝は元気に送り出してくれたのに、担任の先生から授業中呼び出され、

慌てて病院に向かったが、もうお母さんは冷たくなっていたという。


「毎日、うるさいとか、あっちに行けとか、そんなことばかり言っていた時期でさ、
いやぁ……しばらく顔が上げられなかったよ」


中村さんは、今でもそんな自分の態度を後悔していると言う。


「親孝行は、出来る時にしておかないと」


このチケットに、中村さんの後悔が混じっているのだとわかり、

申し訳ないなと思いつつも、それは受け取るべきかもと考え始める。


「ありがとうございます。それなら遠慮無く」

「うん……」


中村さんは大人だ。

押しつけることもなく、それでも、スッと心の中に入る言葉を言ってくれる。

何げない態度とか、振る舞いが、近頃ありがたいと感じられて。


「中村さん」


出かけそうになる中村さんを、自分から止める。


「それなら、今度は私に、食事をごちそうさせてください」


そう、たいしたものをおごることはできないが、少し余裕も出来た。


「そんな無理するなよ、今、大変だろ」

「大変な中にも、楽しさを見つけて頑張れと、中村さんが言ってくれましたよね」


そう、節約ばかりしていたら、気持ちもすさんでくる。

たまには『待つ日』をつくるのも、悪くはないはず。


「そういえば……言ったな、俺」

「はい」


それならばそうするよ返事をもらい、中村さんはまた営業活動のために、

部屋を出て行った。私はチケットをバッグにしまう。



初めて……



考えてみたら、私、男の人を食事に誘ったことなど、一度もなかった。

大学でも仲間でわいわい食べに行くことはあったし、

『キタック』でバイトをしている時も、いつも仲間で。

森田さんにお付き合いをして欲しいと言われたことはあったけれど、

あの時はまだ……蒼のことを考えている自分がいて。



……今は。



牧野さんが訪ねてきた日には顔を出した蒼も、

その後は『MAKINO』の支社勤務のため、ここにはいない。

あの日、あれから『SANGA』に行ったのかな。

となると、里穂さんがいて……

おそらく、家族公認のお付き合いなのだろう。



そんなこと、想像したって私には関係がないことだ。



どこか集中力のなくなる自分の頭の中をリフレッシュするために、

一度立ち上がり、腰や肩を動かしてみる。


「こんにちは」


振り返ると、そこには清川さんが立っていた。

私は無防備状態を見られたことに気付き、すぐ、『すみません』と頭を下げる。


「いえいえ、こちらこそすみません、急に声をかけて。
でも、そうして体を動かした方がいいですよ。机に座ってばかりだと、
血の巡りが悪くなります。私も運転が多いので、気をつけていますし」

「あぁ、そうですよね」


近頃、蒼は自分で車を運転してくるので、清川さんが運転手だと言うことを忘れていた。

私は、社長は外出中ですがととりあえず聞いてみる。


「いえ、今日は石本さんに用事がありまして」

「私ですか」

「はい。車検資料をすりあわせしたいと、古川の方が。でも、今日は会議があり、
こちらに向かうことが出来ないようで」


清川さんは別件でこちらに来る用事があったため、立ち寄ったのだと教えてくれる。

私は資料だけを渡せばいいのかと思い、ファイルを探す。


「お一人なのですね、いつもいるもう一人の方は……」

「奥村は今日は有給で。営業のメンバーはみなさん、今は外に出ています」

「そうですか。それだと資料だけいただく方がよさそうですね」

「そうですね、古川さんなら、読んでいただくだけで……」

「そういえば……」

「はい」

「牧野の方から、申し訳ないと伝えてくれと言われております」


牧野……


「以前、石本さんにお会いしたことがあるのに、先日は知らない振りをしたと」


牧野さん、あの日のことを覚えていた。


【12-3】



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