13 混乱の中 【13-2】

【13-2】


「それでは、乾杯」

「はい」


その日の『砂戸屋』の食事会。

中村さんと一緒に注文を済ませ、ビールとウーロン茶での『乾杯』をする。

中村さんは、ジョッキの半分くらいまで飲むと、

この時期のビールは格別だねと、笑い出す。


「格別ですか」

「うん……特に1杯目はね。でも、飲まないもんな、石本さんは」

「はい、飲まないと言うよりも飲めないんです。
ビール1杯ならなんとかいけますけど」

「なんとかってところが、飲めないってことだろう」


別に無理に飲むものでもないよと、

中村さんは、出されたおしぼりで手を拭いていく。


「あ、そうそう、古川さんと同級生だって今朝」

「あ……はい」


中村さんに聞かれて、頷く私。


「どうして隠してたんだよ」

「隠していたわけではないです。最初の日に言われて……。
仕事の中身が中身だから、自分と同級生だとか、知り合いだとか言うと、
変な誤解を生むことになるって」

「誤解か……」


まぁ、立場もあったしねと中村さんも一言加えてくれる。


「そうです。あの時には、契約出来なくなる人たちもいたので、
あいつは同級生だから有利だとか、情報を知っているのなら教えろとか、
そういうのを嫌がったのだと」

「ほぉ……まぁ、確かに。追い込まれると、人はなんでも使おうとするし。
自分よりも幸せそうな人がいると、余裕が無いときには癪に障ることも、
確かにあるのかもしれないな」


中村さんは、ビールと一緒に来た枝豆をつまむ。

房からプチッと出てきた豆の艶やかな姿が、湯上がり状態のようで、

美味しそうに見える。


「いいよ、食べな」

「あ……わかりましたか」

「目が見てた。いいなぁ……って」


私は、お酒は飲めませんが、おつまみは好きですと言いながら、

枝豆を一房もらう。プチッと出した豆は、予想通りみずみずしくて美味しい。


「で、同級生って、いつ頃一緒だったの」

「高2です。母親どうしが一緒のお店で働いていて、で、古川さん、
あ、いや、蒼と同じクラスだったので」


古川さんと言わなくてもいいだろう。ばれてしまったのだから。


「でも、その後、互いに転校したので。本当に半年くらいのことです」


そう、冷静に振り返ってみたら、蒼と一緒だと言える時間は、半年くらいしかなかった。

どうして互いに転校したのか、それぞれの理由については、あえて語らずにおく。

中村さんも、そこまで興味がないだろう。


「そうか」


私は『はい』と言いながら、また視線を枝豆に向けてしまった。

中村さんは『遠慮するな』とそう言ってくれたので、さらに1房もらう。


「なんかまぁ、どうなんだろうね、男って、複雑なところもあるし」

「複雑……」


口に入っていく、枝豆たち。


「うん。社会人になって、早くまわりにも1人前に見られたいなと思うのに、
同級生がいるとなると、子供の頃のイメージ? あれを語られるだろ。
それがなぁ……」


中村さんが注文した『やきとり』がお皿に乗って登場する。


「あぁ……」


確かに、ああだこうだと語るのは、女性の方が多いだろう。

男性にしてみると、昔を面白がられるような、気がするのかもしれない。

男はプライドが高いからねと、中村さんはまたビールを飲む。


「そうか、そんなふうには思いませんでした。何、知らない振りをしたり、
命令口調でかっこつけてるのよと」

「かっこつけ? まぁ、うん……そうだけどね」


『女心』がどうのこうのというのはよく聞くが、『男心』というものを、

今、私は中村さんから聞いている気がする。


「精神年齢は、絶対に女性の方が高いと思うよ」


中村さんはいつもそう思ってきたと、私を見たまま言ってくれる。


「私ですか?」

「うん。石本さんは、しっかりしている。年齢は確かに違うけれど、
仕事の時に聞く言葉でも、地に足が着いているというか、あ、そうか、
そうだよなと思うことも結構あって」

「いえ、そんな……」


急に褒められてしまって、なんだか照れくさい。

私は、全然未熟者だ。

とりあえずこうして社会人になってはいるが、ただそれだけで日々を重ねている。

先のことなど、考えたこともないし、正直、今は考えてもいられない。


「仕事でも、こんなふうにでも、俺は話をするのが楽なんだよね」


『楽』でいられると言われ、少し嬉しくなる。


「ありがとうございます」


食事が運ばれてきたので、そこで一度話が止まった。

お互いに『御膳』と名前のついたものを選んだので、複数料理の皿が並ぶ。

お刺身も、天ぷらも美味しそう。

おしゃれでもなんでもないけれど、でも、大好きなものが並んでいるのは、

それだけでテンションが上がるから不思議。


「あ、いや、古川さんもそういえばしっかりしているなと思ったわ、俺。
あれ? そうなると俺がただ、子供だってことか?」


中村さんの自虐ぶりに、私はそんなことはありませんよと言い返す。


「母にも話しました。営業部員として動いてくれている人の中で、
中村さんは『お兄さん』みたいだと」


そう……『キタック』みんなの、頼りになる兄。


「兄ねぇ……」


中村さんはそういうと、『フッ』と笑った。

私は両手を合わせていただきますと声に出す。

そこからは、営業に行ったら、とんでもない人に出会った話や、

大学時代に個性的な教授がいて、おもしろかった話など、

時が過ぎていくのを忘れるくらい、楽しい時間を過ごすことが出来た。





「あぁ……今日の風は、結構涼しげだね」

「もう梅雨に入りますけど、じめっとしていませんね」


食事を終えて、『砂戸屋』から会社方面に歩き出す。

途中で道を曲がり、駅に行くつもりだけれど、10分くらいはかかるだろう。

今日の支払いは、宣言した通り私が担当した。

これで、『行って帰って』だから、もういいのだろうけれど……


「食事の相手、俺でも楽しかった?」

「はい……」


躊躇無く、そう言えた。

中村さんと話をしていると、色々な考え方がみえてきて、

一人で落ち込みそうな自分のダメなところも、なぜだか愛しく思えてくる。

失敗するのは誰でもあるから、そこからどう這い上がるのか、

そこが大事だと、そんな気持ちにさせてくれる。


「よし、それならまた行こう」

「……はい」


どちらが誘うとか、どこに行くのかとか、具体的に言われていないけれど、

でも、中村さんも嫌だと思っていないことがわかって、

『よかった』と思えたし……


「今日は、ごちそうさまでした。それと、お疲れ様」

「お疲れ様でした」


最寄り駅では反対方面なので、改札を入ったところでお別れの挨拶。

明日また会うのだけれど、それはそれで。

互いにホームに上がっていくと、ちょうど同じような場所に立つ。

離れた場所でまた、向かい合った。

何か言うわけでもないし、ここで手を振るのもおかしいしと思っていると、

私が乗り込む電車が、タイミングよく、その照れくさくなる視界を遮ってくれた。


【13-3】



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