15 決断の夜 【15-2】

【15-2】


「少し……って」


その瞬間、蒼のポケットにあった携帯が、思い切り存在をアピールした。

蒼は相手を確認すると、電話に出ないまま、その音を見送った。


「風音には本当に関係がないんだ。でも……」


蒼はそばにあったデスクにバッグを置き、中から何かを出そうとしているように見えた。

ビニールのファイルに入った、封筒。

すると、一度切れた携帯が、また鳴り出した。

蒼が同じように、相手を見る。


「はい……」


今度は無視することなく、すぐに通話状態にした蒼は、

聞こえてくる話に何度も頷き、時計を見た。


「わかりました……今から行きます」


通話は、それだけで終了してしまった。


「ごめん、風音。出かけないとならないところができた。
風音の言いたいことはわかったから、今度、あらためて説明する。
今日は、これで……」


蒼は私の横をすり抜けるようにすると、そのまま慌ただしく階段を降りていく。

窓から下を見ると、車に乗った蒼が、

あっという間に『キタック』を出て行く姿が見えた。



『でもそれは別の……』



あのとき、電話が鳴らなかったら、

蒼はバスケを辞めた本当の理由を、教えてくれたのかもしれない。

その理由がわかれば、空白になっている心の場所も、

納得という思いに、埋まっていくだろうか。

もっと色々と聞きたかった。



蒼は、あの頃を振り返ろうとした私を引き寄せた。

車の日と違い、今日は私自身、どこかで期待していたのかもしれない。

自分の心の乱れを、蒼に救って欲しいと……

ものすごく低い確率かもしれないけれど、私たちはもう一度、向かい合えるのかもと。



まだ、あの日が終わっていないと、心のどこかで信じているのだろうか。

必死に振り切ろうとしても、振り切れないからこそ、

私は……



里穂さんに会いたくないのかもしれない。





次の日、仕事をしていたら急に電話が鳴った。

中西さんが受話器をあげると、『お疲れ様です』なんて挨拶があって。


「石本さん、電話」

「私ですか」

「うん、中村さん」


中村さんからの電話だと言われ、すぐに出た。


「はい、石本です」

『急にごめん、今から言うことをお願いしたい。あくまでも自然にね』

「……はい」


中村さんは、自分のデスクの上にあるファイルを開いて欲しいと言ったので、

私はファイルを開き、言われた企業名を探した。

電話番号だろうか、それとも住所だろうか。


『あのさ、昨日約束をした食事会だけど、こっちまで出てこられる?』


中村さんは、企業の住所を知ろうとしたわけではなくて……


「あ……はい」


私は、返事をした後、電話で指示されたように、住所を読み上げる。

前に座る中西さんも、自分の仕事をしていて、気にしていないようだ。


『俺は、営業が終わったらそのまま直帰にするから。こっちにいてもいい?』

「はい……」


中村さんは、そういうとメモを出して欲しいと言い、番号を読み上げた。

始まりからして、おそらく携帯番号だろう。


「はい、確かに」

『何かあったら、電話して』

「はい、了解です」


奥村さんも、中西さんも、私と中村さんの個人的な会話には気づいていないようだった。

少しドキドキしながら、受話器を置く。


「珍しいね、中村さんがチェックしていなかったなんて」


中西さんは、いつも下調べをしている中村さんでもミスをするんだねと言いながら、

書類をファイルにしまい出す。


「急に連絡が入ったみたいですよ、近くにいるなら来てくれないかって」

「あ、そうか、向こうからね」


我ながらいいアシスタントをしたと思う。

疑問符、解けたかも。





「あはは……それはありがとう」

「なんとなく頭に浮かんで、スラスラ話していました」

「ほぉ……」


待ち合わせをしたのは、とあるターミナル駅の改札前。

『CHITOSE』に一番近い改札だと言われていたので、迷わずに着くことができた。


「中華料理も砂戸屋もいいけれど、こういう店も知っているよと、
ちょっと自慢したくてね」


そういうと中村さんは『冗談だけど』と笑い出した。

高層ビルの中から見る都会の景色は、宝石をちりばめたような光がある。

おすすめの料理を味わいしばらく待っていると、食後のデザートとして、

数種類のケーキから1つを選べることがわかった。

フルーツがたくさん乗っているようなものもあるし、ショートケーキも、

形がかわいらしい。


「ここのパティシエは、去年、どこかのコンクールで賞をもらったらしい。
前に雑誌で読んで、一度来てみようと思っていた」


中村さんはチーズケーキを選んだので、私は定番だけれどもショートケーキを選ぶ。

ウエイターはかしこまりましたと頭を下げて、テーブルから離れていく。


「写真だけでも、絶対に美味しいだろうなとわかりますよね」

「だね……」


今はコンビニでも、ずいぶんレベルの高いスイーツを買うことができるようになった。

前にはよく、シュークリームを買ったりもしていたけれど、

ここのところは、あまり買っていなかったな。


「少しは、返せたのかな、お金」

「はい。結局、祖父母にも協力してもらいましたけれど、
でも、みんなで頑張っています。思っていたよりも、短い時間で済みそうです」

「そうか、それならよかった」


中村さんには、流れの中で色々と語ってしまっていた。

話を聞いてもらえただけで、少し楽になっていたけれど、

逆に心配をさせたことにもなっていて。


「すみません、私が愚痴をこぼしたから、気にしてもらって」

「そういう意味じゃないよ。まぁ、確かに、気になるから聞いたけれど」


お互いに頼んだケーキが、目の前に届けられる。

甘い香りが鼻まで届きそうなくらい、美味しそう。


「いただきます」


なんだろう、何か頑張ったご褒美とでも思うべきなのか。

今日これから、藍子やみずなと会うことになっていたら、

お土産として買ってあげたいくらいの美味しさだった。


【15-3】



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