15 決断の夜 【15-4】

【15-4】


大学の時の、森田さんとは違う。

私自身、中村さんの言葉や態度に、何も感じていなかったと言えばウソになるから。



蒼には……里穂さんがいる。

それでも、どこかに自分へ向かう思いがないかと、まだ考えようとして。



中村さんと過ごすことも、本当に楽しいと思っている。

『お兄さん』だと、立場を決めてしまうのは苦しいのに、

話が別の方向へ行ってしまうことが、怖くもあって。

戸惑いと同じくらい『嬉しい』という感情も、心からわき上がってくる。


「石本さん」

「はい」

「そんな顔をするなよ、明日から声がかけにくくなるだろ」


中村さん……私なんかよりも大人で、もっと大きな心を持っていて。


「すみません。お兄さんだと、そう思う自分がいるのに、
でも、そっけなくなってしまうと、それも寂しい気がして……ごめんなさい、
自分が何を言っているのか……」


どう表現していいのかわからないけれど、

でも、一つだけは言える。

私にとって、中村さんはただのお兄さんではない……

苦しいと言わない私に気づいてくれたとき、本当に嬉しかったから。


「それなら、脈はあるのかな、俺にも……」


中村さんにそう言われて、素直に頷いた。

こうして二人だけでいることに、何も違和感を感じないし、

時間が過ぎることを、惜しいと思えるし……

心のどこかで、もっとそばに来て欲しいと、考えていることも間違いなくて。


「よし、わかった。石本さんはそのままでいいよ。
それなら、俺が自分で兄という状態を飛び越えられるようにするから」


中村さんの言葉。『まだ、これからだよ』という声に、

自分自身から変な力みが消えていく気がした。

イエスかノーかと突きつけられるよりも、もっと自然に、近づける気がする。

夏の夜の風は、高層ビルの間ということもあり、今日もどこか涼しげで、

駅までの道は、思っていたよりも短く感じた。





『仕事ではない時間に、会うべき相手』



部屋に戻ってきても、中村さんの言葉や、仕草が何度もよみがえってきた。

大学生の時、森田さんから告白された時には、戸惑いと不安が勝っていて、

それに、蒼の思い出も……



『でもそれは別の……』



あの事件の後、蒼が過ごしてきた日々。

それを全て知ることが出来たらきっと、心が定まっていくだろう。

いつ、その話が聞けるのだろうと思いながら、

眠れない夜を何度も寝返りをしながら、やり過ごした。





いつもの通勤電車。

今日は、車検を終了した車両のリストが、全て戻ってくるはずだった。

奥村さんからやり方を教わったので、一人でやり遂げないと来年からが大変。

どんな人が『MAKINO』から来るのか、全然わからないし。

いつもの駅。いつもの道。



目の前に近づく『キタック』



「おはよう」

「あ、おはようございます」


松田さんに、後ろからいきなり声をかけられて驚いてしまった。


「何か考えながら歩いていたでしょう。ホームの階段、俺、隣を歩いていたのに、
石本さん、全然見ていないし」

「エ……本当ですか?」

「本当、本当。もしかしたら、同僚だと認めてくれていないのかなと」


松田さんはそう言いながら哀しそうな顔を、わざとしてみせる。


「すみません、私、ボーッとしていたのだと思います」


本当にそうだと思う。


「あはは、いやいや、冗談だよ、いいんだって」


横断歩道の信号を待っていると、コンビニの中から中村さんが出てきた。

こちらに気づいてくれたみたいなので、私もすぐに頭を下げる。


「ん? あぁ、なんだ、中村さんか。早いね、石本さん……俺と違って気づくの」

「エ……」

「おはよう」


中村さんは、松田さんと私の会話を知らない。

ビニール袋をぶら下げながら、私の横に立ってくれる。


「来月、展示会の配送業務、引き受けただろ」

「あ……はい」


営業関係者同士の会話。

横断歩道の色が変わり、中村さんと松田さんの二人が、並んで歩き始める。



『脈はあるのかな……』



昨日の台詞が、ふっと頭の中によみがえってくる。


「あぁ……そうか、そう言えばよかったか」

「そう言わないとな」


話をしながら階段を上がっていくと、3階の部屋に待っていたのは、

楽しそうに社長と話している清川さんだった。



『見張り』



「おはようございます」

「おはようございます」


挨拶をしながらも、今日はどういうつもりで来たのだろうかと、あれこれ考える。


「中村」

「はい」

「古川さんが、1週間くらいこっちに来られないらしいので、
引き受けた広告の原稿は、中村の判断で通してくれと」

「あ……はい。体調でも崩したのですか」


蒼が1週間、顔を出さないことがわかる。


「申し訳ないです。いやぁ……秋には『神戸』へ戻すつもりでしたが、
そのまま『東京支社』にしばらく勤務となりそうなので」


東京に……

清川さんを見ると、すぐに動いた視線がこっちに向かってきたので、

伝票を広げて、私の視線はそこに避難する。


「それなら、先に進めておきます。決定事項に関しては、古川さん宛に、
バイク便でも」

「はい、よろしくお願いします」


清川さんは社長とそれからもしばらく話をした後、『キタック』を出て行った。


【15-5】



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