16 青色の布 【16-4】

【16-4】


「今日は、これを返そうと思ってここに来てもらった」



蒼が出してくれたのは……



「あの日、ハンカチを受け取っただろ、次の日に、何かおもしろいことをしてくれって、
お前言ってさ」


青い、小さなうさぎの刺繍が入ったハンカチ。

告白されたことが照れくさくて、気持ちを隠すために、返事を次の日に引き延ばした。

あの日、私は蒼に『次の日おもしろいことをして欲しい』と頼んだのだ。

次の日でもないし、おもしろいことも何もないまま、戻ってくるハンカチ。

私はその思い出の品に手を伸ばす。


「そうだったね……」


折りたたまれたままの、タオルハンカチ。


「まだ、持っていてくれたんだ」


私が買ってから持っていた日々より、蒼のそばにあった方が、全然長い。


「それはそうだろう。捨てるわけにはいかないし。また、会えると思っていたし……」


また、同じ学校に通えると、確かに私も思っていた。


「神戸に行って、自分が楽になった反面、
色々なことから逃げ出したという気持ちも、どこかにあって。
俺は、こっちにいた時とは全然違う人間になっていた」


違う人間とは……


「人にろくに挨拶もしないし、心は開かないし。
まぁ、用意された道を歩けば、どうにでもなるだろうって気分でね」

「蒼が?」


信じられなかった。思い通りにならないことがあっても、

蒼がそれだけ変わってしまうなんて、私には想像がつかない。


「大学に入ってから、牧野に言われて、簡単な仕事の手伝いをしていた時、
里穂に会ったんだ。あいつは自分がやりたいことをするためには、とにかくタフで」


里穂さんはモデルの仕事をしていたので、

神戸と東京を日帰りで週に何度か往復していたという。


「『SANGA』の社長の娘だというのに、全然気取ったところもないし、
うちの倉庫で撮影会があった時にも、作業服で様子を見ていた従業員達と、
気兼ねなく話をしたり、写真を撮ったりして」


蒼は、里穂さんと関わっているうちに、とがっていた部分が自然に取れていたと、

話してくれる。


「あいつがいたから、自分がギリギリのところで保てたのだと思う」


私たちが思っている『お嬢さん』のイメージと、里穂さんは違うのだろう。

わがままで、何でも言いたいようにする人ではなくて、

傷ついた蒼の心に、寄り添えるくらい優しい人で……


「東京に来るようになってから、実は里穂がこれを見つけて。
『夢コメ』の紙も、一緒にしてあったからさ。俺が大切に持っているものだと、
そう思ったのだろう。仕事が忙しくて、
前よりも会えなくなっていたことにも不安だったのか、吉村のところに……」


里穂さんがみずなに『同級生』なのでしょうと聞いた話。


「情報の一番最初は、うちの母親だけどね」


里穂さんは、蒼が『清廉高校』に通っていたことなど、おばさんから聞いたのだという。


「だから、風音にも会いたいと思ったみたいで。で、招待状を」

「そうなんだ」


突然くれた招待状は、里穂さんの動揺。


「心配されてもな……もう、過ぎたことなのに」

「うん……」


蒼は、里穂さんとゆっくり会って、高校時代のことも話をしたという。


「いつも堂々としているからさ、こんなことを気にするとは正直思っていなかった」

「それは蒼のミスだよ。私は言ったよね、お金のことも……」


女なら、確かに気になるはずだ。

思い出の品を、持ち続けていることは……


「お金のことは大丈夫だ。里穂にも状況は話をした。
助けてやりたい気持ちも、理解してもらったから」


里穂さんに、私の事情を知られたのかと思うと、少し辛いところもあるけれど、

『語った』ことに、安心はしてもらえているだろう。

今、目の前で話をしているように、蒼の気持ちは、きちんと固まっている。



思い出の後追いではなくて、彼女との新しい未来を……

しっかりと見ているのだから。



「9月の頭くらいで、『キタック』の仕事は抜けることになるから、
風音に話をして、ハンカチを戻すのは、今しかないなと」


蒼は、宮下さん以外にも、おそらく1人や2人、

『MAKINO』から仕事をする人が向かうだろうと、この先のことを話してくれる。


「こんなところかな……お前に話すことは」


私は戻ってきたハンカチを両手で握った。

蒼がどうしてバスケを辞めたのか、神戸に向かったのか、

その後、どういう生き方をしてきたのか、そして……



これからどう生きようとしているのか、

それは、これで全て語ってもらえたのだろう。



「あの事件がなかったら……って、考えたことも色々あった」

「うん……」


約束通り『学園祭』に出席して、蒼と『夢コメ』を書いて、

数年後に見直す約束をしたとして……


「病院のベッドで、腫れた顔を見ることもできなくて、
どうしてこんなことにって、グズグズしていたし」


そう、布団を深くかぶって、母とも向き合わなかった時もある。


「でも、今日ここに来て、あの日が運命を変えたわけではないことがよくわかった。
ありがとう……蒼」


私の事件が、蒼を変えたわけではないことがわかった。

蒼は、あの事件がなくても東京から神戸に向かい、里穂さんと出会う運命だった。


「この間ね、結局、新車発表会行くことになったの、社長の代理で。
あ、もちろん中村さんとだけれど」

「そうなんだ」

「里穂さん、夏風邪だって? もういいの?」


みずなからはそう聞いた。

蒼は……

少しうつむいて……


「うん……まだ、少し身体が重いらしい」

「そう……」


私は、夏風邪は結構長引くからねと言いながら、ハンカチを自分のバッグに戻す。


「お大事にね……」

「……うん」


私はそれだけを言うと立ち上がる。

これから『キタック』に戻って、仕事を続けないと。


「風音……」


蒼に呼び止められて、振り返る。


「何?」

「お前も……『幸せ』になれよ」


お前もというのは、蒼が今、幸せだと言うこと。


「ありがとう。でも、蒼こそ……もう少し笑いなさいね」


私の言葉に、あいつは少し照れくさそうな顔をして。


「今だから言うけれど、蒼の笑顔は『世界一』だって、
私は高校の時、ずっと思っていたから」


『さようなら』

私にはもう、向けられない笑顔だけれど……


「ありがとう」


それでも、あなたには笑っていて欲しい。

ドアノブをつかみ、扉を開けると、廊下に出る。

私は背を向けたまま扉を閉め、そのまままっすぐ歩き出した。


【16-5】



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