17 過去の声 【17-4】

【17-4】


その日の仕事は、お客様の見積もりになった。

現場のスタッフが2人、急に体調を崩したためのヘルプになる。

住所を見て驚いた。

昔、蒼がお母さんと住んでいた賃貸マンション。

玄関前には何度か立ったことがあるが、中に入ったことはない。

私はインターフォンを押すと、『キタックの石本です』としっかり名乗った。


「茨城に……」


今日のお客様は、年配の女性。

このマンションにはもう15年くらい住んでいると言う。

ご主人を2年前に亡くしたため、茨城に住む息子さん家族と同居することになり、

新居が完成する来月、引っ越すのだと言う。


「えぇ……息子が家を建てましたので」

「そうですか」


このマンションの間取りは2LDK。

おそらく、蒼とおばさんもこんな広さの部屋に住んでいたのだろう。

私は荷物をある程度見せてもらい、これならばどれくらいの車と人材が必要なのか、

タブレットのはじき出した計画案を見る。


「よろしければ、不要になるものの処理も、『キタック』は請け負っておりますが」

「そうですか……」


年配の女性は、ふすまをゆっくりと開く。

そこには、きれいに畳まれた男物の洋服が、ケースに収まっていた。


「そうですよね、不要なものは運ばない方がいいですよね……。
息子には捨ててこいと言われているのに、私はなんだか決断できなくてね」


亡くなったご主人の着ていたもの。


「一緒に住むから、部屋も1つしかないし、余分なものは持って行かれないことくらい、
わかっているのですが」


必要なのか、そうではないのか、私にはその判断が出来ない。

でも、思い出の品を、簡単に捨てられない人の気持ちは、少し理解出来た。


「ダンボールの数を決めて、それに入るくらい残されたりする方もいらっしゃいますよ」


そう、この瞬間に判断せず、ダンボールの数を決めて、

引っ越してからゆっくりと決断するという手もある。

私は、過去のお客様で見ていたやり方や、決断の仕方を、その女性に語った。

小さく頷きながら、嬉しそうに笑顔をみせてくれる。


「おじいさんは……とってもいい笑顔を見せてくれる人でした。
ここにいるとね、すぐに浮かぶんですよ」



『笑顔』



「そうですか……」



見積もりを終えて、『MAKINO』のドライバーが手配できるようなデータを送る。

私は『ありがとうございました』とお礼を言った後、部屋を出た。

おじいさんの笑顔。確かに位牌の写真も、笑顔のものだった。

2年前に亡くなったと言っていたが、まだ心の中にたくさんの思い出があって、

切り替えられてはいないのだろう。

私の足は、そのままゆっくりと懐かしい道を進む。

団地の横を抜け、坂道を下っていくと、見えてくるのは『ふくたろう』だった。


蒼のお母さんと、うちの母が働いていたお店。

あの頃あったビールケース、今も同じような場所に置いてある。

店の横の窓から、よく中を覗いてみたりして、

時間が流れていくのを、くだらない話をしながら、待っていた。

私は店の正面に回る。



『長い間、ありがとうございました』



『ふくたろう』は閉店していた。

いつなのかなど、全く知らないけれど。

時間的にまだ営業していないだろうなとは思っていたが、そうではなかった。

この場所はもう……



終わったのだ。



私はそのまま広い道路に向かっていく。

駅まではあと、5分くらいだろうと思いながら、

ガードレールの細い部分に、ちょこんと器用に止まったすずめを見た。





「お疲れ様です」

「お疲れ様……」


真路さんと出かけるときのいつものルール。

私が先に出て駅に向かう。

それから5分くらいして、真路さんが出てくるのをわかっているから、

コンビニに立ち寄ったりしながら、タイミングを合わせた。

横断歩道を渡る彼が見える。

雑誌売り場の前から、そのまま店を出て、何気なく横に並ぶと、

二人で一緒に駅へ向かった。





いつものように世間話をしながら食事を済ませて、会計をする彼の横に立つ。

店員に『ありがとうございました』と見送られた私たちは、自然と手をつないだ。


「俺たちについた店員、あれナルシストだぞ」

「ナルシスト? どうしてわかるの」

「オーダー取って、厨房に報告に行くだろ。その後、何度も制服の襟元直したり、
前髪に触れたり、まぁ、自分に関することをあれこれしていて。
店の中を見てないんだ。風音は背中を向けていたから、気づかなかっただろ。
俺は、食事中も気になって、気になって……」

「そうなんだ」

「そう……なんだか今日は、味がよくわからなかったかな」


真路さんはそういうと、『まぁ、いいか』と笑い出す。

いつものような時間だけれど、ここからはいつもとは違う。

私はこんなふうに緊張感を崩してくれる彼の気持ちが、とても嬉しくて、

この先の時間に、不安よりも嬉しさの方が多くなる。

導かれるままについていくと、真路さんはホテルのロビーへ入り、鍵を受け取った。

エレベーターの前に並んで立ち、扉の開いたものに乗る。

上へ向かうと3階からしばらくは外の様子が見られた。

ビルの灯り、それから右端に海、さらに……

窓には真路さんと私の姿が映る。

他にも人が乗ってきたので、真路さんは私の身体を自分の方へ引き寄せた。

私はそのままを受け入れ、彼の腕の中に入る。

守ってくれるその手と、その胸。


「降りるよ」

「うん……」


部屋のある階に到着し、そのままカードキーで中に入る。

ホテルお決まりの、遠慮がちな部屋のライト。

私は、正面にある大きな窓の向こうには何が見えるのかと思い、カーテンを開けた。


【17-5】



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