18 交差の道 【18-3】

【18-3】


私は意味がわからなくて、その手をはたく。


「やだ、何よ、写真でしょう、写真」


藍子はどういう顔をしているのか見たいよねと、みずなに話す。


「あ……そうだ。違う、みずなも見せてくれていない。ねぇ、みずなも見せてよ」


藍子は私とみずな、両方の前に片手ずつを出す。


「私は写真ないもの、まだ」

「ウソ……」


言いたいことを言って、勝手に盛り上がる。

このノリは、学生時代から何も変わっていない。

この日は、テンポの少し早かった藍子が、先に酔って寝てしまう。

私は毛布を体の上にかけた。

みずなはマイペースで飲み物を減らしている。


「みずな……」

「何?」

「私ね、実はあの日を、まだ乗り越えていなかった」


事件を知っているみずなだからこそ、この話が出来た。

当時、殴られた男の冷たい手が、胸元に入ってきたことがあったと、

記事にもなっていないことを話す。


「シチュエーションも違うし、
目の前にいるのが真路さんだというのもわかっていたはずなのに、
手が触れた瞬間に、体が固まってしまって、冷や汗のような状態で……」

「うん……」

「まさか、フラッシュバックするとは、思わなかった」


絵史に事実をねじ曲げられたことに腹を立てて、文句を言ったこと、

成人式の会があることを知って、噂に負けたくないとみんなの前に出たこと、

それなりに時を重ね、事実を重ねてきたと思っていたのに、

最後の重しは、とんでもない瞬間に落ちてきて……


「でも、彼はちゃんと受け止めてくれた。
話を聞いてくれて、無理はしなくていいと言ってくれて……。
だから、大丈夫だって思えたの」

「うん……」


真路さんの大人の対応に、全て私が助けられた。

あの人でなければ、互いに思いをぶつけ合うだけの未熟な相手なら、

さらに傷を作ったかもしれない。


「風音……よかったね。中村さんと出会えて」

「うん」


みずなの言葉に、素直に頷いた。

私はやっと……



本当の意味で、あの日を乗り越えた。





それから日は過ぎ、3月がやってきた。

年明けに社長と話しあった真路さんは、退職を認められ、

その報告はすでに2月の頭には広まった。

同じ時期に会社に入った松田さんや中西さんは、驚きの声をあげ引き留めてきたけれど、

真路さんの思いに最後は頷き、エールを送ってくれる。

仕事は松田さんが引き継ぎ、『MAKINO』から来ている山中さんも、

協力出来るポジションに回ってくれる。

来週行われる送別会には、

昨年の10月に会社を辞めた奥村さんも参加してくれることがわかり、

会場はまた、あの中華料理店が選ばれた。



『通帳をお取りください……』



最初は5月頃に終わるかと思っていた蒼への返金だったが、

年末、母も少し足してくれたこともあるし、

冬のボーナスも全てつぎ込むことが出来たので、

今日で全てを戻すことが出来た。

蒼が東京に来て、いきなり『キタック』に顔を出してから、

そういえば、1年くらいになる。

利子もつけていないし、こんな状態でいいのかとも思うが、

そうしてくれた彼の思いも受け止め、甘えさせてもらうことにする。

『海外』で仕事を主にすると、以前聞いたけれど、

外国に行きっぱなしをいうことはないだろうからと考え、

私は『キタック』に来ている宮下さんに、蒼が今どこにいて、

いつなら東京にいるのか、聞いて見ることにした。


「エ……」


ところが、宮下さんから戻ってきた返事は、全くの予想外で。


「休職……ですか」

「はい。私も細かくはわからないのですが、2月から休職だと聞いています」


どうしたのだろう。

以前、支社で会ったときには、特に変わった様子もなかったし。


「どれくらいの期間なのかは」

「ごめんなさい、私は全く……」


宮下さんはそういうと、すぐに別の仕事のため、『キタック』を出て行った。

とりあえず席に戻り、バッグの中にある通帳を見る。

元々、カードは蒼が持ち、私は通帳だけを持っているので、

お金が返ったことは、確認できるのだろうが、『古川蒼』と書かれた私物を、

持っていること自体が、やはり気になってしまう。

それでも、『MAKINO』の社員を他に知っているわけではないので、

4月に入ったらもう一度聞いてみようと思いながら、パソコンを立ち上げた。





「あぁ……やばいかも」

「大丈夫?」


真路さんの送別会。松田さんや中西さんにお酒を勧められ、

相当のペースで飲んでいた真路さんは、2次会まで一緒に向かい、

今日は私の部屋に途中下車する。


「スーツだけ脱いだ方がいいよ」

「うん……」


みんな真路さんの出発を祝いつつも、最後には涙も浮かんでいた。

社長も、こうして『MAKINO』と話し合いを組み込みながら仕事が出来ているのは、

真路さんの力が大きかったと、そう言ってくれて。

私は会場の端に立ちながら、

2年前、どうするのかとみんなで悩んでいた頃のことを思い出した。

あの頃、同じような引っ越し業者で、同じくらい規模を持っていた企業が、

この半年で2社倒産した。

『MAKINO』と手を組むことは条件が厳しく、

うちの形がなくなるという考えもあったが、

真路さんは先を考えて手を組めるのは『MAKINO』しかないと、

そうみんなを説得して……


「はい、お水」

「ありがとう」


この人がいなかったら、『キタック』は今のような形で残っていただろうか。

社長はそのために、『安定』を選んでしまい、真路さんにとっては、

自分をいかせる場所が無くなってしまったと考えたわけだけれど。

私は真路さんのスーツを受け取り、それをハンガーにかけていく。


「はい」


送別会の日、こんなことになるのではと思い、

男性もののスウエットを買っておいて正解だった。

ベルトを外して、楽な格好になってもらう。


「なんだか信じられないな、明日から『キタック』に真路さんいないのね」


『キタック』にいつもいてくれて、当然だと思っていたのに。


「俺も思ったよ。あぁ、明日から社長にはもう会わないのかって」


真路さんは、北村社長は本当にいい人だったからと、コップの水を飲んだ後、

グラスをじっと見続ける。


「後悔してる?」


私の問いかけに、真路さんは首を振った。


【18-4】



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