18 交差の道 【18-4】

【18-4】


「いや、それはない。4月になったら、これから入る会社も3年目を迎える勝負の年だ。
不安定さを無くして、俺が経営を軌道に乗せる」


私は床に座る真路さんの隣に並び、頭を彼の肩に乗せた。

真路さんの手が私の体を包むように回ってくる。


「途中でさ……俺一度、風音って言った」

「あ……うん、気づいた」

「本当? それならみんなわかったかな」

「松田さんは全然聞いていなかった。カラオケの曲、入れていたし。
でも、奥村さんにはすぐ目を合わされた」

「あはは……鋭いんだよ、あの人は全く」


真路さんの左足に、私が右足をちょこんとぶつける。

すると、真路さんが私の足を、その左足で踏みつけた。


「あ……ちょっと」

「負けるものか」

「そういうことじゃないでしょう」


日付が変わり、大勢の人がぐっすりと眠っている夜中なのに、

私たちはまたふざけ合って、笑ったり、ふれあったり……

春に近づく3月の夜、彼がみなさんからいただいてきたきれいな花束は、

私の部屋にしばらく飾られた。





4月、社長に言われた書類を整え、私は『MAKINO』の東京支社に向かう。

提出書類を届けたら、もう一度蒼のことを聞くつもりだった。

『キタック』に週の半分出向する小池さんの名前を呼べば、

それなりに対応してくれるだろうと思い、駅の階段を上がる。

東京支社が入るビルの前に、大きな黒い車が止まっていたため、

それを少し避けるようにして歩く。


「風音ちゃん!」


懐かしい声に振り返ると、車の後部座席から降りてきたのは、蒼のお母さんだった。


「……おばさん」

「風音ちゃん、やだ、もう、こんなところで会えるなんて」


おばさんと再会するのは、『ふくたろう』に尋ねていって、

蒼がバスケの合宿に言っていると聞いた日以来だ。

もう7年以上経っているのに、全然変わらない。

むしろ、素敵なスーツ姿を見ると、そういえばそうだったと、

蒼の環境の変化を思い出した。


「お久しぶりです」

「こちらこそ……お母さん、お元気?」

「はい、埼玉の実家で祖父母と暮らしています」

「そう……」


おばさんも『MAKINO』で働いているのだろうか、

いや、それはないだろう。


「風音ちゃんが『キタック』という会社に入ったから、
東京で再会することになると言うのは、蒼から聞いていたのよ」



『再会することになる……』



やはり、蒼は私が『キタック』にいることを知っていて、あの日会社に来たのだ。

だから、私のように焦りもしないし、驚きもなくて……


「風音ちゃんはって聞いたら、昔と全然変わっていないって、あの子、
とっても嬉しそうに……」

「あ……成長していないという意味ですね。最初に蒼から、怒られましたし」


そう、同級生口調は認めないと、拒絶された。


「あら……そんなこと」


そのとき、ビルの中から一人の男性が姿を見せた。

私に気づいて、軽く頭を下げてくれる。

蒼がこっちにいた頃、よく顔を出していた清川さん。


「奥様、席にお戻りください。そろそろ副社長もいらっしゃいますので」

「えぇ……」


副社長ということは、牧野さんが……


「風音ちゃんは、もう結婚したの?」

「エ……」


突然の質問だったが、『まだです』と答えた。

おばさんは『そう……』と言うと、私を見る。


「これからね、蒼は『婚約』なの」



『婚約』



私はただ頷いた。

誰となのかなど、聞くまでもない。

『SANGA』社長のお嬢さん、北島里穂さんだろう。


「そうですか……それは……」


蒼が休職だなんて驚いたけれど、

きっと、結婚の準備など、私たちには想像がつかないくらいの出来事があるのだろう。

大きな企業の縁者同士の結婚ともなれば、自分たちだけでとはいかないのかもしれない。


「おばさん……蒼に、おめでとうと伝えてください」


おばさんは、清川さんに車の扉を開かれ、中にとさらに言われている。


「うん……ありがとう」


おばさんはそれだけを言うと、後部座席に乗った。

清川さんと目が合ったので、私は『失礼します』と挨拶をする。

そのまま車に背を向け、ビルの入り口に向かう。

エレベーターホールが開き、そこに男性が現れた。

牧野副社長。

周りには数人の男性がつき、囲むように並んで歩いていく。

蒼の様子を見るために、突然『キタック』に姿を現した日には、

私に気づく余裕もあったが、今は、目さえ合うことがなく……



『婚約』



バスケが好きで、いつも友達や後輩に囲まれていた『世界一の笑顔』を持つ同級生は、

今日、新しい幸せに向かって、出発した。


「あ……」


そうだった。蒼の通帳。

そう思い振り返ってみたが、車の周りは人だらけになっている。

私はバッグのひもを握りしめた。

そう、蒼がお金を貸してくれたことまで、おばさんは知らないかもしれないし、

里穂さんには納得してもらったと聞いているけれど、

牧野さんが知っているかどうかもわからない。

『婚約』がこれからなのだとしたら、蒼は会社に今、いることはないだろう。

私は、あらためて返却の方法を考えようと思いながら、エレベーターに乗った。


【18-5】



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