18 交差の道 【18-5】

【18-5】


『キタック』にいる頃から、真路さんのお給料は私よりも上だったが、

友達と立ち上げた事業で、責任のあるポジションを得た彼の収入はさらに増えた。

しかし、忙しさもそのために増していき、4月も末になろうかというのに、

今日はこの月で初めて一緒に過ごせる日となった。


「イタリアに?」

「あぁ……1週間急遽行ってきた。英語では交渉ごともしたことがあるし、
それなりにこなせる気がしたけれど、さすがにイタリア語は無理でね。
間に人を挟むと、面倒だし時間はかかるし。本来なら2日、短縮できたと思う」

「へぇ……」


話の次元が私の周りとは違っていて、何かを聞くとか、質問するとか、

そんな状況ではなかった。とにかく忙しい彼が安らげるようにと思い、

和食のおかずを、食卓に並べていく。


「風音、『キタック』はどう?」

「うん……みなさん頑張っているよ。春の忙しい時期も、事故無く終われたし。
5月には、建て替えの予定の役所の引っ越しを、丸々引き受けているから、
その打ち合わせとか進んでいる」

「そうか……それならよかった」


私は、箸を真路さんに渡す。

向かい合ったままで『いただきます』と言うと、

真路さんが自分の横をポンポンと手で叩いた。


「何?」

「隣に来いよ」

「食べてから……」


今、隣にいったらどうなるかくらい、私にも予想が出来る。

そんな時間を待っている気持ちは当然あるけれど、ここは……


「今はダメです。そういう誘いには乗りません。
せっかく作ったのよ、まずは食べて」


私はそれぞれのお皿を指さし、真路さんを見る。


「……そうだよな、うん」


真路さんは、自分の行動が大人げなかったことを反省したと言いながら、

箸を動かし始めた。

そんなふうに寂しげな表情を見せられると、それならと横に並びたくなるけれど。


「そんな寂しそうな顔をしても、今は行きませんからね」


私の台詞に、下を向いていた真路さんの肩が揺れ始める。


「ダメか……この作戦は」

「ダメ!」


そこからは楽しく食事を続けていく。

私が、主導権を握っていたのは、そこまでで……


艶やかな時間が訪れると、そこからはいつものように真路さんがリードした。





深夜2時を過ぎた。

真路さんのベッドの上で、彼の腕が、私を大切な宝物のように包んでくれている。


身体が……重く感じる。

思わず横に眠る人を見ると、旅の疲れなのか、満たされたからなのか、

ぐっすりと眠っていて……


あらためて自分自身も、悦びに震えながら、彼の胸に何度も顔をうずめたことを思い出す。

私も、十分満たされたのだ。

真路さんの寝息が確かにそこにあることを確認し、私はまた目を閉じた。





蒼の通帳を持ったまま、カレンダーは6月を迎えた。

『キタック』の仕事は順調だったが、突然の訪問者に、一時社内が騒がしくなる。



『警視庁 捜査二課』



テレビドラマに出てきそうなベテランの刑事が2人、3階にやってきた、。

最初に話を聞くため応接室に入ったのは社長だったが、5分ほどすると私に声がかかる。

警察に呼ばれるような悪いことはしていないはずなのにと思いながら、

短い時間にあれこれ考えた。


「名簿……ですか」

「うん。現在働いている人間ではなくて、
うちのファイルに残している全ての人を見たいと……」


警察が来たのは、現在被害届の出されている『詐欺事件』に関わる犯人が、

以前、うちで引っ越しの仕事をしたことがあるという調べが、

ついたからということだった。

怪しいものではないという警察手帳という証拠を、目の前で見せられる。


「こちらの場所を貸していただいて、こちらで調べますので」


片方の刑事に言われ、その通りにしようと頭を下げたとき、

私は、思い出したことがあった。

以前、蒼が『MAKINO』のちらしを入れ、

辞めてしまった人たちに仕事の依頼をしていた。

あれは確か、全ての人の住所をまとめた紙になっていたはず。

私は引き出しの中からそれを見つけ、社長と刑事がいる部屋へ入ることにする。


「これは……」

「はい。昨年から『MAKINO』と仕事をすることになりまして。
以前、ここにいた『MAKINO』の社員の方が、業界に人が足りていないので、
『キタック』に縁を持ったことがある人たちの名簿を全て使って、
仕事の依頼をする手紙を出したことがあります。そのリストがこれで……」


私は、分厚いファイルをあれこれ見るよりも、スッキリしているのでと話す。

名前がわかっているのなら、2のファイルか3のファイルか、

それがこの1枚でわかるだけでも、効率がよくなるはず。


「ファイルの番号も……」

「はい、記してありますので」


蒼が抜けることが決まり、さらに『MAKINO』から人が増えることがわかったため、

私自身も整合性をしっかり確認している。


「こちらでも名簿整理にちょうどいいと思い、全て確認しました」


先輩だと思える刑事が、リストを手に持った。

視線が少しだけ動く。


「すみません、いいですか」

「はい」


刑事は、ある名前の場所を指で差した。


「この『坂上京助』のところなのですが、
ボールペンか何かで強く押さえたような跡があるんです。
何か、こちらでもマークするような出来事があったとか……」

「エ……」


私よりも先に社長が反応し、その紙を見た。

少しライトにかざすような仕草をする。


「あ……本当だ。確かに名前のところを強く押さえていますね」

「石本さん、この上にまだ紙があったとか……」

「いえ、私が担当した方から受け取ったのは、これだけです」



『坂上京助』



初めて聞く名前だった。


【ももんたの小ネタ交差点 18】

『捜査二課』という言葉。よく見る刑事番組で出てくるのは『捜査一課』だそうです。
殺人事件とか、そういった怖いものを扱うのは。『二課』は詐欺事件。
いわゆる『オレオレ』とか『還付金詐欺』のようなものだと、
池上さんが解説してくれました。あの人の説明、わかりやすいので、
私は番組をよく見ています。



【19-1】



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