19 道標の人 【19-3】

【19-3】


「それでもさ、うちは子供もいないし、お気楽にいられるけれど」


私は店の方を見た。

以前、ここに絵史のお母さんが来たことを思い出す。


「そういえば、絵史は……」

「あぁ……そうそう、そうなのよ」


おばさんは、ここから少し先に出来たドラッグストアで、

絵史がバイトをしているのだと、教えてくれた。

私はそうなのかと頷く。


「奥さん、喜んでね。絵史ちゃんが外に出る気持ちになれたことを」

「うん……」


事件について、ウソの話を広められた私と、

付き合っていた男の人に写真を出された絵史。

『人に傷つけられた』という点では一緒だ。

さらに、絵史は好意を持っていた人に裏切られたのだから、

精神的にはさらに辛かっただろう。


「げっそりしていた姿も、今は少しずつ元のようになっているって」

「うん」


絵史と、これからも友達になることはないだろうが、立ち直って欲しいとは思う。

人など信用できないと、顔を背けることもあるかもしれないが、

私にみずなや藍子、そして真路さんがいたように、助けてくれる人も必ずいる。

世の中の全てを、まだ知り尽くしたわけではないのだから。

諦めてしまう必要はないはず。

それからもしばらく、おばさんと世間話などで盛り上がる。

お茶をして1時間が経つのに気付き、私は立ち上がった。


「さて、腰をあげないと……戻れなくなる」

「あはは……そうね」


おばさんは、またいつでも来てねと私に声をかけてくれる。

私は『ありがとう』と頭を下げ、店の前に出た。



駅までの道を……ただ歩いて行くつもりだったが……

そこに……



絵史を見つける。



互いに名前を呼ぶわけでもなく、再会を懐かしむこともないまま、すれ違う。


「風音……」


私は、その声に立ち止まった。


「仕事なの?」

「うん……」


顔を見たわけではない。照れくさいと言うより、どういう表情をしていいのか、

わからないという方が正しいかもしれなくて……。


「ごめんね……」


思いがけない一言に、私は体の向きを変え、絵史をしっかりと見た。

大学時代に会った時より、やはり痩せていると思えたが、

最低な状況ではないというのは、わかる気がする。


「風音に会ったら、謝ろうと思っていたの。でも……」


絵史に、連絡先など教えたことはない。


「私が、色々とウソをついたから、あんなふうになったこと。
風音が転校しないとならなくなったこと、どこかで謝ろうと思っていたのに、
当時は悔しくて、何も言えなかった」


高校2年の秋。

事件の真相ではなく、興味本位にウソを塗りつけられた。


「自分が被害者になって初めて、風音の辛い気持ちが、理解できた。
本当にごめんね……」


信じていた人に裏切られて、眠る姿の写真を、拡散されたという話。


「絵史……」


高校時代も、大学時代も、いつも自分のことを表に出す人だった。

あれから5年くらい経っているとはいえ、別人のような気がしてしまう。


「だって、風音は勉強も運動も、何もかも私と同じようにまぁまぁだったのに、
どうしてあの蒼が、風音のことを好きになるのよって、本当に悔しくて」


絵史は、私の顔を見ることなく、思いを語っている。


「学園祭の日、どうして風音がお休みなのか、そのときはまだ知らなくて。
私、蒼に言ったの。一緒に『夢コメ』書いてくれないかって。
でも、蒼は……『風音と一緒に書くから』ってハッキリ言って……」



『風音が好きだ……』



照れくさそうに蒼が言ってくれた日。

あの後の出来事を、蒼は知っていた。

宿題の答えの間違いに気付き、後から来てくれたと成人の会の日に言われた。

警察や野次馬に、立ちすくんでしまったけれど。


「風音を守りたいって……そう言っていた」



『風音……』



ふざけ合って、笑い合っていた頃。

当時はそんな感覚はなかっただろうが、今思えば確かに私は、

蒼に守られていたかもしれない。

宿題を見てもらったり、出来ない仕事を助けてもらったり……


「その後、風音が引っ越して……蒼もまた、色々とあって……。
蒼の身に起きた話を聞いたら、私、大学で再会した風音の元気な姿に、
また変なイライラが出て……」



蒼の身に起きた話……



「蒼と……会った?」


私は『仕事で何回か』と答えていた。

『キタック』と『MAKINO』がどういう関係にあるかなど、今はどうでもいい気がして。

絵史は、それなら当時のことは聞いたのかと、また質問をされる。


バスケを辞めて、神戸へ行くまでの話……

私は『うん』と頷き、絵史を見る。


「そう……それなら、話せたのならよかった」


絵史は、『呼び止めてごめんね』と小さく頭を下げ、仕事先へ向かおうとする。


「絵史……」


心が勝手に呼び止めてしまった。

私も一言、伝えたくなる。


「私がそうだったように、絵史が前を向いて歩いていたら、
過去なんて乗り越えられるから。だから……」


私の声に、絵史は1回大きく頷き、そこからは振り返ることなく歩いて行く。



『あのとき、こうならなかったら……』



そんなことを考えたことがない人など、この世にはいないだろう。

人は誰でも、どこかで後悔しながら生きている。

振り向いてもしかたがないことだとわかっていても、

それを全て無視できるほど、強くはないから。

でも、誰にでも後悔があると思えば、自分だけではないということがわかれば、

また前に進める力が生まれてくる。

私も前を向き、駅に向かって歩きながら、少し軽くなった肩を、上下に動かした。


【19-4】



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