19 道標の人 【19-4】

【19-4】


『古川蒼』

相変わらず手元にある通帳。

返金は全て終えたので、おそらく蒼もわかってくれていると思うが、

春に休職だと聞いてから、ほぼ半年が経った。

『婚約』など色々あったとはいえ、そろそろ復帰しているはずだと思い、

別仕事の帰りに『MAKINO』の東京支社へ向かってみる。

日陰から日向に出ると、その日1日の熱を、全て吸収したコンクリートから、

残りの熱が上がってきた。

そういえば、駅のそばに、美味しいシュークリームを売るお店があったなと思いながら、

階段を上がっていくと、ビルの前に黒い車が止まっていた。



『風音ちゃん……』



蒼のお母さんに呼び止められた日と、似ている光景。

すると、ビルから髪をなびかせた女性と、スーツ姿の男性が現れた。

二人とも髪はブロンドで、日本人では無いことがわかる。

黒塗りの車の後部座席の扉が開き、二人はゆっくりと乗り込んだ。

そこまで見送りに出てきた3名の男性のうち一人が、助手席に乗り、

残りの2名が頭を下げると、車はすぐに出発する。

重なっていた人が通り過ぎたとき、残った男性の一人が、蒼だとわかる。


「あ……」


私はすぐに声を出そうと思ったが、もう一人に話しかけられ何度も頷く姿を見たため、

ここは妙な行動を取るべきではないと思い、そのまま蒼を見送った。

ビルに消えていくのを確認し、あらためて受付まで向かうことにする。

とにかく、休職状態では無かった。

これで、通帳が返せる。


「すみません、『キタック』の石本と申します。『海外事業所管理』の古川さんに、
お会いしたいのですが」


受付の女性は、アポイントがありますかと聞いてきたので、私は首を振る。


「すみません、お約束はしていないのです。ですから、お忙しいようでしたら、
お待ちしていますと、伝えていただきたいのですが」


受付の女性は、それではお待ちくださいと目の前にある小さなソファーを示した。

私は軽く頭を下げ、腰かけると、バッグを開ける。

通帳を確認し、ボタンを留めた。

こういうチャンスがいつあるかわからないので、ずっと持ち続けていた通帳。

やっと返すことが出来る。

ソファーで待っていたのは5分くらいだろうか、エレベーターから蒼が降りてきた。

私は立ち上がり、軽く手を振る。


「驚いたよ、急に」

「うん……ごめん。でも、私も驚いたんだから、急に休職って……」


驚かされているのはお互い様だと言うように、私は蒼に言葉を返す。


「あ……うん」


蒼は下に降りようと言うと、エレベーターのボタンを押した。





蒼と入ったのは、私が前から気にしていた『シュークリーム』のお店。

向かい合って、互いにブレンドを注文する。

まずは一番最初に、目的を達成しないと。


「長い間、お借りしていてごめんなさい。本当に助かりました」


『古川蒼』と記載された通帳を、私はテーブルの上に置く。


「うん……」


蒼は、お金が戻ってきていたのはわかっていたと言いながら、

その通帳を受け取ってくれる。


「母も、通販の出来事には反省したようで、今は地道に仕事をしてくれている」

「うん……」

「あ、そうだ、利子をつけることもなく、本当に借りた金額だけでごめんね」


本当なら、多めに返すのが当然なのだろうが、

そうしなくていいという彼の言葉に、甘えさせてもらった。


「最初からそうしろと、言っただろ」

「うん……」


穏やかな会話は、適度な距離感があるからこそ。

言いたいことを言ったら、言葉が続かなくなった。


「宮下さんが『キタック』に来てくれるようになってから、
ここに来る用事がめっきり減ったの。だから、お金を返し終えて、
何気なく蒼のことを聞いたら、休職だって言われて。体でも壊したのかと心配した」


それは本当のこと。

蒼は、そんなことはないよと、返事をくれる。


「あ、そうそう。おばさんに会った。それもここへ来た時」

「うん……聞いた。このビルの前で風音に会ったって、お袋が楽しそうに話してくれた」

「本当? 全然変わっていなかったって、言わなかった?」

「いや、きれいになったって……そう言っていた」



『きれいになった……』



「美人のおばさんに言われると、それは違うなと思う」

「なんだよ、それ」


私は、おばさんこそ相変わらずきれいだったと、感想をお返しする。

何をしていても、どこかに品がある落ち着いた人だったから、

自転車が高級車に急に変わっても、違和感がないのだろう。


「そこで聞きましたよ。婚約、おめでとうございます」


私がそういうと、蒼は少し照れくさいのか、

数秒遅れたタイミングで『ありがとう』と言葉を戻してくれた。

私は、結婚式はいつになるのかと、普通に興味を持ち聞いてしまう。


「まだ具体的には決めていないんだ。時期も色々と相談してと思っているし」

「そう……」


婚約をしたらすぐに結婚というのは、違うのだろうか。

私は、自分とは違う立場にいるのだと思いながら、あらためて蒼を見る。

女性同士なら、婚約はどんなふうに行ったのか、聞いてみたい気もするが、

男の人だから、あれこれ自慢げに語るのも気が引けるのだろう。

私は、話題を別方向に動かす。


「あ、そうだ……」


最初は絵史のことを語ろうとしたが、それは直前で辞めることにした。

絵史を出してしまうと、高校生の時の学園祭のことなど、

今更、蒼にとってはどうでもいいことを並べることになる。

『蒼に起きた出来事』と気になる台詞は出されたけれど、今ここであれこれ聞くのも、

余計な時間になりそうな気がして。

私は、話の中に急ブレーキをかけてしまったため、言葉がうまく送り出せない。


「何だよ、この妙な間は」


蒼の笑った顔……

なんだか、すごく久しぶりな気がする。


「あ、もう、焦らせないでよ、今思い出して……えっと……あ、そう、そうなのよ。
この間、刑事さんが『キタック』に来たの。蒼のところにも行かなかった?」


ぎこちないけれど、なんとか話題を作れた。


【19-5】



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