20 意思の力 【20-4】

【20-4】


改札を出ていくと、携帯電話で話をしている真路さんが見える。

私は気づいてもらおうと思い、左手を振ってみるが、話に集中しているのか、

彼の目は、なかなかこちらに向かない。

知らない人の方が私に気付き、なんだろうと顔を上げるため、

とりあえず手を振ることは辞めて、まっすぐに彼へ向かう。


「あぁ……あれは助かった」


電話の相手は誰だろう。私は真路さんの視界に入る場所に立つ。

そこまで別の方向を見ていた目が、こっちを捉えてくれた。


「あ、ごめん、またかける。じゃ……」


私が来たことがわかった真路さんは、そこで会話を終了する。

なんだか、無理矢理切らせた気がして、少し申し訳ない。


「大事な電話じゃなかったの? そんなに急に切って平気?」

「うん、大丈夫だ。仕事で協力してもらっている人だし、
最終的には会わないとわからないからね」


仕事の人……


「そう……」


どんな人なのか、聞いてみたい気はしたが、

真路さんが歩き出したので、私も足を動かし始める。


「階段の上から手を振ったのに、真路さん全然気づいていなくて」

「ん? そうだったか? ごめん」

「おかげで、知らない人に不思議そうな顔をされました」


私は彼の左手を握り、今日は水回りの掃除をしにきたことを話す。

真路さんは、『よろしくお願いします』と私に頭を下げ、笑顔を見せてくれた。



ガス台に流し台、私なりに使う洗剤できれいに磨いていく。

真路さんには、掃除機をかけてもらうようにお願いした。

男性一人の部屋なので、もちろんそれほど大きいわけではないが、

掃除をしようと思えば、どんどん場所は生まれてくる。

今日は日差しがあるので、布団を外に干そうと思い、ベッドまで向かう。


「何……干すの?」

「干しますよ、気持ちいいでしょう、ふかふかだと」

「いいよ、俺がやる」


私が持とうとした布団を、真路さんが持ってくれる。

ベランダは小さいけれど、布団くらいはちゃんと干せた。


「それにしても、来た時より……」


元々、真路さんの部屋は、ある程度整っていた。

ものもそれほど多くため込んでいる人ではないし、やらないことで汚さない。

そんなふうに思えていたのに。


「お酒、飲み過ぎじゃない? こんなに空き缶」


ゴミも毎日、何でも捨てられるわけではないから、

ちょっと寝坊したら1週間そのままなんだよと、笑って返される。


「そうなんだ……」


私は缶をビニールにまとめ、今度はきちんと出してねと言いながら、

ベランダの隅に持って行く。



昼間から頑張ったおかげで、真路さんの部屋はとてもきれいになった。

それから二人でスーパーに向かい、食事の支度が出来るような材料を、

買い込んで戻ってくる。


「お歳暮?」

「そう……企業からもらうし、もちろん渡すし。
そういうのの流れで、お酒がたくさんあったり、色々でね。
うちはまだこれからの企業だから、何でも自分たちで経験して、
積み上げないとならないだろ。そういう失敗がたまにあって、
あの量をそれぞれが引き受けたんだ」


同じお酒ばかりがあったのは、注文を多くしてしまった失敗を、

みんなで割ったからだと説明してもらう。


「そうなんだ」

「そう、責任を取るからこそ、給料も高くなるわけだし」

「うん……」


私はその説明に頷いた。

新しいことを始める時は、プラスばかりではないだろう。

だからこそ、私と会うときだけは、色々なしがらみも、駆け引きも、

何もいらないようにしてあげたい。

真路さんの手を握りながら、私なりにうっすらと見える未来を考え、

一歩ずつ前に進んだ。





「あ……」

「どうした」

「ごめん、大事なものを買い忘れちゃった」

「何」


楽しく買い物をして、いざ食事を作ろうかと思ったとき、

食器洗いのスポンジを買い忘れたことに気がついた。

シンクや流しの掃除をするのに、古いものを使ってしまったため、

今日、最後にお皿を洗うものがない。


「スーパーよりこっちに、コンビニあったよね。すぐに買ってくる」

「あ、いいよ。俺が行く。風音は作っていて……」

「ごめん」


真路さんは大丈夫だという意味なのか、手を私に向けると、

そのまま玄関を出て行った。

『作っていて』と言われたものの、食事はお鍋の予定だったので、

材料の準備はもう出来上がっている。

私は買い物に出かけた真路さんを、ただ待っているのは申し訳ない気がしたので、

廃品回収に出すと言っていた雑誌を、束ねてあげることにした。

ケースから取り出し、それを重ねていく。



『1月3日 東北新幹線 10時22分発』



雑誌の裏表紙に、そう走り書きがあった。

『キタック』にいた頃から、真路さんの字は知っている。

年末年始は、実家に戻ると言っていたのに……戻らなかったのだろうか。

東北新幹線で、どこに行ったのだろう。

私はその文字を隠すように、また別の雑誌を上に乗せる。

携帯を取り出し、その新幹線がどこに向かうのか調べようかと思ったが、

その指が止まった。



少し見えた文字に、すっかり動揺する私。

私は、この走り書きから、真路さんを疑っているのか……



疑問に思うのなら、聞けばいい。

聞いて、どういうものなのか、なぜ行ったのか、納得すればいいのだ。

藍子が彼の態度にイライラして、家を飛び出したけれど、

懸命に思いを語り、誤解を解いたように。



でも……



どんなふうに、切り出したらいいのだろう。

『これ、何?』なんて、ストレートに言うべきなのか、

それとも、実家はどうだったのかと、遠回しに言えばいいのか。


後ろから、ガチャンと扉の開く音がした。


【20-5】



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