20 意思の力 【20-5】

【20-5】


「うぅ……寒いわ、この時間になると……」

「うん」


私は真路さんから洗剤を受け取った。


「キャー」


冷たくなった手を、真路さんが私の背中に入れる。


「ちょっと、もう!」

「あはは……ぬくもり、ぬくもり」


真路さんにそのまま抱きしめられ、今度は両手が頬を挟む。

その冷たさに体がぎゅっと小さくなる気がして……


「あぁ……あったかい」


その言葉を聞き、私は顔を上げた。

この人だから、何もかも任せられると思ったのだから、

じりじりするような気持ちは、残しておきたくない。


「真路さん……」

「何? まだ買い忘れがあったとか?」

「違うの……」


私は束ねようとした雑誌のところに向かい、走り書きの残された雑誌を探した。

それを手に取り、前に出す。


「お正月、実家に戻るって言ってたよね」

「……うん」

「これ……ごめん、ただ待っているのも申し訳ないと思って、
雑誌を束ねようとしていたとき、目に入ってきて……」


あなたの口から聞くことが出来たら、それで納得できる。

私は真路さんを見る。


「正月、実家に戻るって行ったのに、本当はこうして違うところに行っていたのは、
なぜなの? ウソでもついたの……って聞きたいの?」


あらためて真路さんにそう言われ、私は自分自身が嫌な人間に思えてきた。

こうして会ってくれているし、その態度を疑ったことなどない。

理由があるのだろうと納得していたら、自然に事実を知ることが出来たかもしれないのに。


「ごめんなさい……」


真路さんは私から雑誌を取る。


「そう、実家には戻るつもりだったというか、日帰りになってしまったと言う方が、
正しいな」


真路さんは元旦に実家に戻り、すぐに東京へ戻ってきたという。


「年末に業者に納品した商品に、欠陥が見つかって。その代わりの商品を、
すぐに手配しないとならなくなったんだ。こちらのミスだから、
向こうに来いとは言えないだろう。社長になる友人と、俺とで、すぐに行ったわけ」


個人でお店を持つ人だったため、年末年始も家にいてくれて、

失敗をすぐにリカバリー出来たのだと、説明される。


「岩手で、旅館をしたり、お店を持ったり手広く商売をしている人なんだ。
そうだ……名刺も……」

「もういい……ごめんなさい」


私は、それ以上の説明は必要ないからという意味で、真路さんの胸に顔を埋めた。

『信じていける』と思ったから、今があるのに……

私の回した手の上から、彼の腕が重なっていく。

静かな数秒間。


「風音……」

「ごめんなさい。私、疑うようなことを言って」


『信じる』と決めた人なのだから、受け入れていこうと決めたのだから……


「ほら、お腹空いたから、食べよう」

「うん……」


私は、それからすぐに食事の支度を再開する。

真路さんは座り、何やらスマホをいじりだした。

動じている雰囲気もないし、逆に怒っている気もしない。

私はお玉で軽く味の確認をすると、コンロの火を止めた。





『真路さんを信じていく』

私はそう決めて、それからも毎日を過ごした。

冬は過ぎ、桜の咲く季節になると、

それまで『キタック』をメインで支えてくれた宮下さんが、

役目を終えて『MAKINO』に戻り、また別の社員が顔を出してくる。

春は色々と動くことはわかっているし、環境も変わることも承知していたが、

『キタック』はさらに『MAKINO』色を増し、仕事はほぼ分担されるようになった。





「発表があります」


社会人になり、4年目。

相変わらず定期的に開かれている女子会。

藍子は嬉しそうに発表があると、手を上げた。

私とみずなはすぐに視線を合わせたが、ここはあえて黙っていることにする。


「コホン……私、開田藍子はこのたび、結婚することになりました」


思っていたとおりの話、

私とみずなはそのまま受け入れ、大きく拍手をする。

藍子は、驚きの声が上がらないことが不満なのか、拍手はいらないと、口をとがらせる。


「はい、はい、おめでとう」

「そうそう、おめでたい」

「もう……なんなのよ、二人とも」


大きな喧嘩をした……と思っているのは藍子だけだが、

それからまた二人で歩み出したと聞いた時から、

こういう日が近いだろうなと言うことは予想が出来た。

私もみずなも、驚きはないよねと、声をかけあってしまう。


「そう? なんだ、つまらない」

「つまらないって何よ。本当によかったなって思っているよ」

「その通り」


驚いて大きな声を出す方がおかしいでしょうと、みずなに言われ、

藍子はそうなのかなと首を傾げる。


「よかったね、藍子」


3人の中で一番最初に『お嫁さん』になる藍子。

発表されて時間が経ってからの方が、なんだかウルウルし始める。


「どうしたの風音」

「ううん……ごめん、おめでたいことだし、わかっていたのにね、
なんだかセンチメンタルになった」


藍子と出会ったのは大学1年の時、もう8年も友達として過ごしている。

明るくて、いつも笑ってくれる藍子に、私はあの事件以来の東京生活を、

有意義なものにしてもらった。


「仕事は? 続けるの?」


みずなの問いかけに、藍子は首を振る。


「3月で退社します。私は専業主婦になりたいの。別に入りたいと思って、
今の企業に入ったわけではないし。実際、大手って、女性が年齢を重ねると、
キャリアを積むのかどうなのかと、男性の視線がきつくなるのよ」


藍子は、私は元々切れ者ではないから、誰も気にしていないけれどと、

笑顔になる。


「あぁ……わかるかも。私も正直考えどころだと思っているんだよね」


みずなは、販売店は若い女性にいて欲しいという雰囲気が出ているのだと、

ため息をついた。


「その点、風音はいいよね。業者の選び方も成功だ」


引っ越し業者は、年齢を重ねた人もそれなりに需要がある。


「風音もそろそろじゃないの? 彼、転職して1年になるのでしょう」


藍子の言葉に、私は明確に返事が出来なかった。



二人の関係が、変わったわけではない。

でも、1月に妙な走り書きを見つけてしまって、もやもやした気持ちを晴らしたいと、

真路さんを『問い詰める』ようなことをした。

結果的には仕事の出来事だとわかったし、真路さんがそれを怒ったわけでもないのだが、

私は逆に、前へ出られなくなった。

聞いたあとの『申し訳ない』気持ちが、すぐに思い出されてしまい、

以前よりももっと、彼に対して受け身になっている。

真路さん自身は、私に仕事の意見とかを求めてくることもないし、

会えば食事をして、互いに時間を共有していることに意味を持ってくれているので、

私は『大人になるべき』と自分に言い聞かせ、彼を受け入れ続けている。


「きたるべき時が来れば、まぁね」


藍子にもみずなにも、そんな言葉しか戻せない。

私は『信じること』という台詞を、何度も唱えながら、

変わっていくカレンダーを見つめるだけだった。


【ももんたの小ネタ交差点 20】

まだまだ出てくる引っ越し業者の『迷惑なお客様…パート6』
子供さんの独立によくあるパターンだそうですが、必死に手伝おうとする親が、
意外に多いそうです。次はこれだ、こっちだ……というように。
『何かしてやりたい』思いの強さかもしれませんが、プロにはプロの流れがあるので、
やはり任せた方がいいそうですよ。



【21-1】



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