21 他人の肌 【21-2】

【21-2】


母が思いがけないことに巻き込まれたこと、病気が見つかり手術が必要になったこと、

そのお金を、自分自身が働いて作ろうとしたものの、体調を崩したりしているのを、

同じ職場で見ていた蒼が、見かねてお金を貸してくれたことも隠さずに話す。


「そうだったの……」

「はい。先日、やっと全てをお返しできて。
蒼は、里穂さんにも隠さずに伝えてあるとは言っていましたが、
きっと、こういう紙を見たりすると、考えなくてもいいことを、
考えてしまったのかなと……」


雑誌の裏の走り書き。

私が真路さんに対して、もやもやした気持ちを持ったように、

誰だって、知らない部分を知らないで済ませたくないと思うようになる。

その人が、自分にとって、大切だと思えば思うほど。


「あの事件の頃、蒼は自分が引き留めていたらと、後悔したことも、
話してくれました。この紙が捨てられなかったのもきっと、
そういう後悔があるからだと……」


戻らない、戻せないとわかっていても、

記憶を簡単には処分できないという、切ない思い……


「私が……」

「やっぱり、あの子は、風音ちゃんには違うのね……」

「エ……」


おばさんは『夢コメ』の紙を手に取るとじっと見つめた。

私は黙ってそれを見ているしかなく。


「あの子の人生を、最初に狂わせてしまったのは私なの。
あの子の苦しい気持ち、私がわかっていなくて。牧野に相談したから……
追い込まれてしまって」



『追い込まれた』



「誰にも後悔の気持ちとか、語れていないのかと思っていたけれど、
風音ちゃんなのね、やっぱり……」


おばさんの話が、よく見えなくなった。

蒼が過去のことを語ってくれたことは、確かにある。

でも、牧野さんは出てこないし、『追い込まれた』と言うのは、どういうことだろう。


「風音ちゃんは……もう、結婚したの?」


おばさんの問いかけに、私は首を振った。


「おばさん、それ2回目です」

「エ……」

「以前、『MAKINO』が入っているビルの前で、ほら、車に乗って……」

「あ……あぁ、そうだったわね、私、聞いたかしら」

「聞かれましたよ。私はまだですと答えましたし」

「あら……」


蒼が婚約をすると聞いた日。

あの日のおばさんは、今日よりもっと嬉しそうだったけれど。


「きっと、マリッジブルーってものですよ」

「マリッジブルー?」

「はい。何かの雑誌で読みました。結婚が決まると嬉しいのに、
だんだんそういう日が近づくと、これでいいのか、大丈夫なのかと、
心配になってくることが多いそうです」


私は、自分の経験ではなくてすみませんがと前置きし、

きっと、里穂さんがそういう状態で、少しナーバスなのだろうと結論づけた。


「過去の情報に、気持ちが揺れるというのはわかります。
私も、考えていなかったものが見つかって、つい、責めるようにしてしまったこと、
ありますし」


真路さんの走り書き。

実家にいかなかったと勝手に思い、もやもやした時間を持つことになった。


「蒼は大丈夫だよって、そう言ってあげたいですけれど、まぁ、
二人で解決しますよ、きっと」


藍子がうちにきて、ブツブツ文句を言っていた彼と、

結局は『結婚』しようと踏み切ったように。

二人のことは、二人で解決していくしかなくて。


「ありがとう、風音ちゃん」


おばさんはそういうと、里穂さんが送ったという封筒を受け取ってくれる。

食事が運ばれてきたので、美味しそうな匂いのするうちに、いただくことにした。

揚げ物も、生野菜も、香りがとにかくいい。

目や耳も含めて、『五感』で楽しんでいる気がしてくる。

穏やかな表情で世間話をしてくれるおばさんを見ながら、私は一度箸を置いた。


「おばさん」

「何?」

「すみません、ここで伺う話なのかどうかわからないですが、報道で……」


全てを言わなくても、おばさんは『わかるわよ』という意味で、

数回頷いてくれる。


「牧野のことでしょう」

「はい。うちでも報道で知って、驚いて」


『MAKINO』の事情も、蒼の家の事情も、私にはよくわからない。


「そうね……なんだかそういう動きがあるというのは、
清川さんからも聞いていたけれど、一緒に住んでいるわけではないから、
細かくはわからなくて」


おばさんは、未だに名字は『古川』のままだと、教えてくれる。


「そうなのですか」


蒼が古川なのは、仕事上面倒だと思いそうしているのかと思っていたが、

そうではなかった。地元では玉の輿の再婚だと騒がれたようだが、

現実には微妙なずれがあるようで。


「蒼は元々、牧野とのことを反対していたの。それでもあの子にトラブルが色々あって、
私が彼に助けを求めてしまったから、結局……。
それでも絶対に名字は古川のままでと、譲らなくてね。
神戸行きは、牧野の言うとおり従ったけれど、それ以上はって……」



『トラブル』

『牧野の言うとおり』



『トラブル』とはどういうことだろう。私が蒼から聞いた神戸行きの理由は、

バスケがうまくいかなくなったことで、成績が悪くなったことと、

おばさんの再婚だと思っていたのに。

しかも『牧野の言うとおり』という言い方も、引っかかる。


「清川さんは、仕事上のことだから誤解が解ければ問題ないと話していたけれど、
ごめんなさいね、あまり情報がなくて」

「いえ……」


大人の関係というのは、私にはまだまだわからないのかもしれない。

それでも、名字が違うとはいえ、これから先、人生を進もうと思った人が、

警察に色々聞かれたにしては、おばさんはずいぶん落ち着いている気がする。


もし私だったら……

そう、もし勘違いであっても、真路さんに同じことが起きたら、

おそらく気が動転してしまって、人と食事など出来ないだろう。


「風音ちゃんと蒼が、『ふくたろう』の店の横で、私たちを待っていてくれた頃が、
懐かしいわね、本当に……」


私は話しに合わせるしかなくて、ただ笑みを浮かべたけれど、

おそらく引きつっていたはず。

だって、私たち親子がそれを言うのならともかく、おばさんと蒼は、

明らかにあの頃よりも『幸せ』をつかんでいるのではなかったのか。

語られれば語られるほど、疑問符ばかりが頭に浮かぶ。


「あ、ごめんなさい、私が一人で話をするから、風音ちゃんが食べられないわ」

「いえ、そんな」


そこからは差し障りのないような話をしながら、時間が過ぎていく。

おばさんとは店の前で別れ、最寄り駅に向かって歩き出した。


【21-3】



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