21 他人の肌 【21-5】

【21-5】


「うん……」


『聞きたくない』

出来たら両耳を閉じて、情報をシャットアウトしたい……



そう思いながら、必死に両手を握りしめる。

どこかに力を入れていないと、あの時のように……



清廉高校から転校すると決めた時のように、

心が崩れてしまいそうで。



「『キタック』の環境が、自分には生ぬるいと思って飛び出した。
年齢的にも、まだまだやれることがあるだろうし、
『MAKINO』に、飲み込まれるような仕事はしたくないと思って。
もちろん、今もそれは後悔していない」


私は、真路さんの話に、ただ頷いた。

理解していると言うよりも、リズムを刻むように。


「風音を好きになったのも、君の真面目な姿を見ていて、本当に惹かれたからだ。
一緒にいると、心地よかったし、未来も見えてくる気がした。ただ……」



ただ……



「君の過去の話を聞いたとき、俺の中で一つ段階が上がった……というか、
気持ちが切り替わった。年の差もあるけれど、風音を守りたいという気持ちが、
強くなった」


私たちが初めて結ばれた日。

過去の傷が急に顔を出し、私は取り乱した。

全てを見て欲しいと思った真路さんに、私は涙ながらに訴えて……


「風音をまるごと愛していこうと……そう思って」


私はその言葉に頷いた。

真路さんだったから、『大丈夫だ』と包んでくれた腕があったから、

あの日、怖さを乗り越えて私は……


全てを受け入れることが出来たのだから。


「そう……思い続けてきた」


私の事情、彼の思い。

行き着く先は……


「あのまま『キタック』にいれば、それで良かったのだと思う。仕事は仕事、
休みは休み。気持ちを切り替えて、自分を解放して……。
でも、環境を俺は自分から変えた」


流されるような仕事はしたくないと行った真路さん。

私はそれが彼の向上心だと思い、受け入れた。


「初めての出来事もあるし、交渉相手が変わるから、同じようなことをしていても、
毎日が入れ替わっていく。それはそれで新鮮だし、後悔はしていない。でも……
その分、求めていくものも変わっていることに、自分自身が気づいたんだ」


求めているもの。


「うん……」


この先、出てくる言葉は予想が出来た。

こんなことになるとは思っていなかったと言いたいけれど、あの日、

真路さんを見かけた時、頭をガツンと殴られたくらい、衝撃的だったことは間違いない。

隣の人に向けた表情は、ただの同僚だとは、思えなかったから。


「こんなことがあった、辛いことがある、大変な状態だと、風音には言えなくて、
君にとって俺は、いつも頼りになる存在でなければならないと、
弱い部分を見せてはいけない、しっかりしようと、自分自信を奮い立たせていることに、
いつのまにか疲れていて……」


そう、私に見せてくれた真路さんの顔は、

いつも頼りになる人、そのものだった。

時には父のように諭してくれて、時には先輩のように、激励してくれて、

そして何よりも、愛し合える人として、私を受け止めてくれた。

その状態に、自分自身、浸りきっていることこに気付き、

どうにかしないとと思っていたのに、修正できないままで。


「そうか……負担になっていたんだね、私」


素直に受け入れてさえいれば、彼も喜んでいると思っていた日。

事件の傷を語ったために、『愛してやらなければならない人』になってしまった結果、

バランスがいつのまにか崩れていたのかもしれない。


「負担だなんて……。俺が『キタック』にいれば、そんなふうには思わなかった。
君と過ごしていた時間が、自分にとってはとても大切だったし」


『キタック』にいればと言う言葉を、何度聞いただろう。

つまり今はいないのだから、そうではないと言うこと。

季節だって変わるのだから、人の心だって変わることはあるだろう。

でも、自分の周りでは、そんなことはないと、どこかで思い込んでいた。

そして私は、真路さんの新しい仕事が、実は厳しく、大変だと言うことに、

今頃気づいている。

精神的に支えてあげられていなかったこと。

そこは年齢の問題ではない。


「自分だけが常に道しるべを出している状態に……疲れたのかもしれない」


真路さんは改めて頭を下げると、『別れて欲しい』と、最後の言葉を出した。

心は最低な状態になっているはずなのに、おかしいな、涙も出てこない。

あまりにもショックな出来事が起こると、人は、感情がズレてしまうのだろうか。

真路さんを見て、私はただ頷いた。

『受け入れる』しか、ないとわかっているから。


「ごめん……」


謝罪の言葉など、もらっても仕方がない。

恋愛関係は、心の中だけのつながり。こういうこともあるのだろう。


「仕事のこととか、私には力になることは無理だし……。そうだよね、
真路さんだって新しいことをしているのだから、アドバイスとかくれる人に……」



颯爽と脚を組み、交渉ごとにも引かないくらい意見を持てる女性。



「……そういう人が、出来たってことでしょ」



あれこれ言っても、理屈を言葉にくっつけても、

ようするに、私よりも好きになった人が、出来たと言うことだろう。

真路さんは口を強く結び、明確な答えを戻しては来ない。

でも、それが証拠だと私にはわかる。

あの人が、そうなのだと、わかってしまう。


「真路さんは、自分の環境が変わったとか、私の過去のことで色々と気持ちが動いたとか、
それなりに互いを傷つけないつもりで言ってくれているのだろうけれど、
こんな話、きれい事にはならないよ。正直に話してくれた方がいい」


中村真路は、卑怯な男ではないはず。

私は大きく息を吐く。


「君より、好きな人が出来た……そう言えばいい」


初めて一緒に過ごした日。私は残されていた事件の爪痕に、記憶を戻され取り乱した。

あんなことにならずに、普通にそのときを迎えられていたら、

『守らなければ、愛さなければ』という重みは、気持ちに乗らなかっただろう。

最初に築けた関係が、あの記憶の一片によって、崩された。


真路さんは私を、無条件に愛さなければと思い込み、

私は真路さんを、全て認めて生きていこうと決めてしまった。

いい意味で、同等だった関係はなくなってしまった。


「そう……だな」


私は立ち上がり、荷物だけは忘れないようにと周りを見た。

つかむものをつかみ、食事も残した状態だけれど、今日は許してもらうことにする。


「わかりました」


そう、わかった。

私たちはここでお別れ。


「楽しい思い出もたくさんあったから、もうこれ以上言い合うのも嫌だから」


私は最後のわがままだとお会計をお願いし、

そのまま真路さんを見ること無く、店を出た。

相手はあの人なのか、いつからそんなことになっていたのかと、

顔を見ていたら聞きたくなるし、聞いたら責めたくなる。

私にも悪いところがあったかもしれないけれど、それだけではないだろうと、

まとまらない言葉を、ぶつけるかもしれない。



『風音……』



風に乗った声が聞こえてきた気がして、一度だけ振り返った。

でも、真路さんの姿は見えなくて……



私はエレベーターのボタンを押し、

どんな状態になっているのかわからない顔を上げることはしないまま、

ただ一人、歩いて行く。

駅ビルの中にあるお客様用のトイレに入り、しばらくあふれる涙と戦うことにする。

赤い目と鼻を押さえながら外に出ると、私の事情を知らない女性が、

驚いたような顔をした。



【ももんたの小ネタ交差点 21】

『別れ』を書くのは難しい! と思う私。
いや、性格が明らかに悪い登場人物だと、『あ、絶対にうまくいかなくなる』と、
ドラマなどでも思うのですが、現実はそんなに明らかじゃない気がするので。
ちょっとしたボタンの掛け違い、ずれに気付かないままの時間経過。
言いたいことが言えなくなるってことが、『崩れる』きっかけなのかな……なんて。
いいでしょうか、こんな分析で。



【22-1】



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