22 心根の核 【22-3】

【22-3】


「わかった……」


私たちは廊下を進み、小さな印刷室の扉を開く。

窓から見えるのは、部活をする学生の姿で……


「よく考えたら、お前には言いたくないことだろうなと、今は思う。
でも、話してしまったのは俺だし、蒼は悪くないから、だから話すよ」


田島は、印刷室にある小さな椅子を私とみずなに出してくれる。

私はしっかり話を聞くつもりで、腰を下ろした。


「高校2年の学園祭の前日、お前の事件が起こって、
当日は、噂話でみんながそわそわしていた。それは吉村もわかるだろう」


みずなは田島の言葉に、頷き返す。


「正直、事実以上のことを興味本位で考えて、騒ぐやつらもいたけれど、
蒼は勝手なことを言うなと、クラスにもバスケ部にも、強く言っていた」


あの日、私が事件前、最後に顔を見たのは、蒼だった。

『風音が好きだ』と言われて、最高の日から最低の日に突き落とされた。


「でも、そう簡単に高校生の口は収まらない。
日々、だんだんとクラスの雰囲気がおかしくなる中で、蒼自身が苦しんだ。
石本と最後に会ったのは自分で、どうにか出来なかったのかと、ずっと……」


それは蒼からも聞いた。

私は、そんなことは悩むことではないと言ったけれど。


「それでも結局、お前は転校して、その出来事にクラスの浮わつきも収まったけれど、
蒼の中では、ずっとくすぶっていたのだと思う。
あいつと一緒に、部活の帰りにスーパーに寄って。
で、俺はお袋がパートをしているから、少し声をかけて話していたんだ。
そうしたら店長が蒼を事務所に連れて行こうとして。
俺と母親が驚いて、何があったのかと聞いたら、店長が蒼が万引きしたと……」


その時、確かに店長が15センチくらいのものさしを持っていたと、田島は話す。


「蒼は本当にボーッとした顔で、魂が抜けたような状態だった。
俺、こいつはそんなことはしないとそう言って。母親も店長にすぐ言って。
まぁ、店長も正直、おかしいなと思ったらしいんだ。
だって、万引きなら鞄の中に入れるとかするだろう。
蒼のやつ、片手に物差しを持ったまま、堂々と店を出て行こうとしていたらしくて」


つまり、隠す様子も何も無かったという。


「うちの母親が、蒼が成績優秀で、部活も期待をされているような生徒だと、
必死に言ったんだ。もちろん、蒼もそんなつもりはなかったと、謝って、
俺も、謝って……」


そこで店長は、初めてだったこともあり、

田島の母親が蒼のお母さんに連絡をして、引き取りに来てもらうことだけで、

警察や学校には連絡をしなかったと言う。


「その日はそれで終わったし、俺も母親も何かの間違いだと考えていたから、
気にしていないつもりだったのに。あいつ……部活に来なくなった」


蒼は、私の事件が勝手な噂話として広がったように、

自分のことも、大きく広がるのではと考えたのだろうか。


「あいつが無断で休むなんて、それまで全くなかったことだから、
顧問の先生も心配するし、もちろん同級生も。だから、俺は言ったんだ。
あんなこと気にする必要はないからって。俺もお袋も、誰にも話したりしないし、
お前が本当にそんなことをしたと思っていないって……」


田島からそう言われて、蒼は『わかっている』と何度も頷いたという。


「それでも……結局、あいつは部活に退部届を出した」


顧問の先生には、進学のために勉強に力を入れたいと説明したらしいが、

本当はそうではないだろうと、田島は振り返る。


「蒼のおばさんがさ、蒼がこんなことをしてしまったと、牧野さんだっけ?
ちょっと相談してしまったようなんだ。そうしたら彼が、神戸へ来いって、
強く言うようになったらしくて」


蒼のお母さんは、田島のお母さんに、そう愚痴っぽいことを話したという。

そういえば、おばさんと食事をした日、『牧野さんに相談して追い込まれた』とか、

そんな話を……。


「うちのお袋はさ、俺と蒼のこともあるし、転校なんてしない方がいいわよと、
そう言ったらしいけれど……」


私が転校してから数ヶ月の間で、蒼にも色々なことが起きていた。

田島は、そのあと、また蒼が『万引き騒ぎ』を起こしてしまったと、教えてくれる。


「また?」

「蒼のお母さんから聞いたことだ。
あいつ、学校の帰りに本屋に立ち寄っていたらしくて、
そこで、漫画を1冊バッグに入れていたって」


漫画……


「でも、蒼はやっていないと言ったんだ。やったと言ったのは、
そこで同じように店にいた男で、事務室に引っ張られて、蒼は取った覚えはないと言って、
ビデオでも何でも見てくれと言ったのに、そこは確認されずに、
だったらどうしてバッグに入っているんだと、一方的に責められたらしい」


スーパーの時のように、気持ちが飛んでいたのだろうか。


「そこに、おばさんが牧野さんと現れて謝った。
男が蒼に向かって、『母子家庭だとしつけも何も出来ていないんだな』と、
挑発のようなことを言ったらしくて。あいつ……そいつをぶん殴ったと」


「殴った?」


みずなはそう叫んだあと、すぐに口を覆い、ごめんという顔をする。


「俺はさ、信じられないんだよ、あいつがそんなことをするなんて。
もし、でも、もしもさ、本当にそんなことをしたのなら、きっと……」


きっと……


「あの時、石本のことを弾くようにしてしまった俺たちの責任だろうなと、
今となってはそう思う」

「田島……」

「吉村も、こんな気持ち、わかるだろ」


みずなは『わかるよ』と言いながら、小さく頷く。


「蒼は……石本の事件を、一人で受け止めてしまったんだ。俺が救えなかった。
それだけではなく、その後も受け止めてやることが出来ずに、転校させたって」

「そんな……」

「あのときはさ、そこまで頭が回らなかった。お前は大丈夫だと、
俺は蒼のことをずっとかばったつもりで。でも、あいつは……自分のことなど、
全然考えていなくてさ……」


田島は、教師になった今だからこそ、わかったことも多いと下を向く。


「なんだか腑に落ちない出来事を重ねて、蒼は神戸へ行ってしまった。
最初は止めていた俺もお袋も、お前の時と一緒だよ、あれこれ言われたり、
噂されるくらいなら、そうした方がいいかもと、思うようになって……」


学園祭の前日、母に思いを寄せた男が、突然家を訪れ、

私に暴力を振るった。そのおかげで、私は自分の生活を乱され、

色々な出来事に苦しんできた……



私が一人、苦しんできた……と、そう思っていたけれど……



蒼も、あの日の出来事にずっと苦しみ、さらに辛い体験を重ねていた。

自分の意識がないままに、迫る事実。

蒼は、東京を離れていくしか、自分を守るすべがなくて。



私は……何も知らなかった。



「あいつにも、招待状は出したよ。でも、早々に無理だと返事が来た。
今は海外関係の仕事についているから、おそらく日本にいないだろうって」


田島は蒼の昔を知っているけれど、今を知らない。

招待状に、すぐ『欠席』の返事を出したのは、

里穂さんの状態を、わかっていたからなのだろう。

ハワイから戻ってこられないと、覚悟を決めていたから……


「風音……」

「ん?」

「蒼は蒼で辛かったかもしれないけれど、でも、風音が責任を感じることではないよ」


みずなの言葉。


「あ、うん、そうだぞ。そんなふうにしたら、あいつだって嫌だろうし。
あぁ、もう、こんなことを話すつもりじゃなかったのにな、悪い」

「ううん、田島の責任でもないよ。大丈夫」


成人式の会で、蒼と再会した。

『大丈夫なのか』と聞かれて、頷いた私。

『キタック』で再会した時も、同級生口調を禁止されたりしたけれど、

今思えば、それは私に害が及ばないようにするためで。



『大丈夫なのか』



あいつはずっと、心配し続けてくれて……



「世の中は動いているわけだよね、あの田島がさ、先生なんて呼ばれているのだから」

「は?」

「そうそう、その通り」


みずなは私の意見に賛同すると、窓から外を見る。


「あ……風音、ほら見て」

「何?」


そこからは蒼の話をすることはなく、私たちは同級会のために時間を使った。


【22-4】



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