23 思想の色 【23-1】

23 思想の色

【23-1】


蒼からの、突然の連絡だった。

私は驚き、戸惑いもあって、声が震えてしまった気もしたが、

あいつは冷静そのもので、仕事が終わったら一度会って欲しいと話してくる。

いつならいいのかと聞かれ、バックから手帳を取り出そうとしたら、

慌てていたようで、デスクの上に置いた見積もり用のタブレットを、

床に落としそうになった。

とっさに出た左手によって、タブレットは救われたが、

今度は受話器が『ガコン』と音を立てる。


「ごめんね」

『なんだかバタバタしているな。大丈夫か』

「うん……」


私は大丈夫だと答え、右手で手帳を開く。

いや、わざわざ開く必要などなかった。

今は、残業しないとならないような忙しさはないし、

時間を拘束されるような、重要なポジションでもない。


「いつでもいいよ」


私より圧倒的に忙しいのは蒼のはず。

決定権を渡し、その返事を待つ。


『じゃぁ急だけれど、明日でもいい?』

「うん」

『そっか……』


蒼は『それなら……』と場所を考えるような言葉を出す。


「ねぇ、『砂戸屋』にしようよ」


蒼と再会すると思った時、私の中に浮かんだのは、

『砂戸屋』で待ち合わせをした日のことだった。

里穂さんと蒼がお付き合いをしているとみずなから聞き、

どこかで『あの学園祭の日』が続いているのかもいう、

淡い期待を持った私の心が打ち砕かれた後、

現実を確かめるために駐車場で待ち合わせをした。


『あの?』


蒼も同じことを思ったのだろう。

『あの』と言える思い出は、あの日しかないから。


「そう……『あの』」


交際の事実を知り、お金を早く返すからと、半分意地で言い返したとき、

蒼が突然車を走らせ、何も言ってくれないまま向かったのは、『清廉高校』の裏側。

陸上部が毎日登っていた、死の坂側から見た、懐かしい場所だった。


『わかった……』


蒼の声は終始穏やかで、私は少しだけ安心した。

里穂さんのことは、もちろんショックだろうが、おそらく覚悟を決めていた蒼の中では、

きちんと受け止められている時間なのだろうと思えてくる。


「明日は食事だからね、急に走り出したりしないでよ」

『ん? わかってるよ』


互いに、『同じ光景』を思い浮かべながら、電話を切る。

受話器を置いた後、私は数秒間、動くことが出来なかった。





次の日、仕事を終えて『砂戸屋』に向かう。

蒼に話したいこと、聞きたいことはたくさんあった。

田島から聞いた過去のこともそうだが、里穂さんのことも……



いや……



そこまで歩いていた足が、止まってしまう。



私が、聞くべきことだろうか。



あの学園祭前日の事件から、私と同じように苦しみ、悩み、生き続けてきた蒼に対して、

今更、戻らない時間を持ち出すことが、本当に意味のあることだろうか。



私が、あの日を振り返りたくないのと同じように……

蒼もきっと……



忘れてしまいたいことだと、そう思うから。



「うん……」


決めた。私からは何も話さない方がいい。

『話したいことがある』と言ったのは、蒼の方だから。

私はそれを聞き、受け止めること。

そう心に刻みながら、一歩ずつお店に近づいた。



駐車場の脇にある階段の手すりに、触れた時、

『風音』と名前を呼ばれ振り向いた。


「ちょっと待って」


車に乗っていた蒼が、運転席から降りてくる。


「久しぶり……」

「うん」


身長も変わるわけがないし、声も変わってはいない。

それでも何か違う気がするのは、少し痩せたように思えるからだろうか。

私たちは揃って階段を上がり、店の中に入った。

平日だったことが幸いし、すぐに席に通される。

目の前に置いてあったメニューを、蒼は私に向けて広げてくれた。


「何にする?」

「何か、好き嫌いあったっけ?」

「俺? いや、特に」

「そう……それならこれ、結構美味しいよ」


私が、数種類のおかずがついている御膳メニューを勧めると、

蒼は『それでいいよ』と受け入れてくれた。

ウエイトレスを呼び、同じものを2つ注文した後、出されたお茶に軽く口をつける。


「ごめんな、突然電話をして」

「ううん……」


しばらく連絡を取れる相手ではなかったのだから、突然になるのは仕方がない。

私は『何かを聞いてしまいそうになる口』を閉じ、蒼の台詞を待つ。


「先生を囲んだ会の後、田島が連絡を寄こしてさ、
風音に、昔のことを成り行きで話してしまったと、そう申し訳なさそうに言うから。
そうか、それなら神戸に戻る前に、会っておいた方がいいなと……」

「神戸? 向こうに戻るの?」

「うん……秋くらいかなと思っていたら、2月の頭には帰らないとならなくなって」


『2月の頭』

となると、ほんの数日しか、東京にはいないということになる。


「そう……」


『MAKINO』の拠点は神戸であり、戻るのは当たり前なのだけど、

それが目の前に迫っていると聞かされたことで、少しさみしさも感じてしまう。


「悪かったな、お前が気にするような話になったって、田島が」

「ううん……私が無理に聞いたようなものなの。田島も、自分から話すつもりはなくて。
ただ、蒼が来られないということを聞いている中で、偶然……」


偶然のように、聞いてしまった。


【23-2】



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