23 思想の色 【23-3】

【23-3】


「刑事の言うとおり、俺はこの坂上を探していた。なぜなら……。
俺が万引きをしたと本屋で騒いだのが、この男だったから」


その話を聞いた時、注文したものが、二人の前に届き始めた。

『坂上京助』という人物を探すために、蒼はずっと名簿を確認していた。


「どうしてうちに名簿があるって、知ったの?」

「うん……それもこの後話すよ。最後まで聞いて」

「あ……ごめん」

「謝ることじゃないよ。実は牧野には、坂上のように商売を勧めるために使う、
駒になる人間が何人かいるんだ」

「駒?」


目の前に食事が並んだが、私は箸を取ることが出来なかった。

今まで、ポツポツと点に見えていた話が、

少しずつ1本の糸になっていく気がして、それが細くて頼りないものではなく、

体に巻き付いたら、離れないくらい、太くて強いものに思えてくる。


「会社を動かすのに、ちょっとした情報を持ってくる存在というのは、
結構色々とあるものだけれど、牧野は、俺たちに『神戸行き』を決意させるため、
坂上を動かした」


牧野さんが……


「じゃぁ……『万引き』の話は」

「おそらく仕組まれたのだと思う。俺が殴ったことで怪我をしたと、
診断書も見せられたけれど、坂上が捕まっただろう。グルになる医者がいるらしいから、
まぁ、そういうことも自在に出来る」


蒼は、騙されたと言うこと。


「それはいつわかったの?」

「神戸に行くことになってから、あまりにも話がうまく進むから、おかしいと思って、
牧野をとにかく観察していた。納得出来ないからと、籍を入れることにも反対して、
それでもと言うなら、一人で家を出ると母親には言ったし。
さすがに牧野自身も、やり過ぎた思いがあったのだろう、
俺の主張を受け入れて、いまだに籍は入れずに別の家に住んでいる」


おばさんと蒼は、近所で言われているようなシンデレラストーリーを、

歩んだわけではなかった。確かに埼玉には行ったけれど、自由になれた私より、

もっときつかったのではないだろうか。


「だから、『キタック』に来たときも、
風音には、同級生だということを口にするなとそう言った。
牧野が俺につけた清川に対して、いつも警戒していたのもその理由。
坂上を探そうとしていることに気づかれたら、東京にはいられなくなるからね」


おかしな態度も言葉も、理由を聞けば納得が出来る。

『人員整理』なんて嫌な仕事を、引き受けたのは『東京行き』のため。


「でも、東京に来て、風音と会っているうちに、坂上を探すという最初の考えより、
気持ちが少しずつ動いていることを、俺も、里穂も気づいていたと思う。
『学園祭の日』に残してしまった思いが、お前と会っているうちに、
どんどん鮮明になってきて。あ……ほら、ここで待ち合わせをした時も、
里穂のことを言われて、わかっているのに、どこか反発したような……
まぁ、おかしなことだけれど」


『清廉高校』の裏門を見た日。

思いがけず、蒼に抱きしめられた。

彼女がいるくせにと、頬を叩いて、悔しさの中必死に走った。


「自分の気持ちにしっかりと向き合うのは、坂上を追い込んでからだ。
あれは自分がした『万引き』ではなくて、仕組まれたのだとわかるまで、
とにかくそのことを考えていて、あともう少しという時、風音に責められた。
無駄なことばかりしていたら、『キタック』の人間は、みんな不審に思うと」

「うん……」

「わかっていた……やっていることがおかしいだろうなと。
でも、理由を言えば『万引き』のことから、全てをお前に話さないとならないだろう。
あの事件のあとだから、気にするなと言ったってそうならないし。だから、突っぱねて」


蒼は、『坂上京助』に会い、『足を悪くした』という期間に、

『キタック』で、仕事をしようと面接をした事実を突きつけた。

実は、牧野さんが、蒼たちの神戸行きを実現させるために、

万引き事件を仕組んだのだと白状させた。


「万引きをしたと言われた時、客の立場であれこれいう坂本のことを、
ずっとおかしいと思っていたから、牧野とつながりがあることも、
『キタック』に面接に来たことも、知ることが出来た。
『そうか、仕組まれたことだ』とわかって、やっとここまで来たと思っていたあの日、
病院から連絡が入ったんだ。最初はただ、里穂が具合を悪くしたのだと思っていた。
でも、話を聞いたら、治すことは難しい病気だとわかって」


里穂さんの病気。


「あいつ、確かに高校時代からモデルをしていたのに、大学を卒業したら、
全くやらなくなった。なぜなのか聞いた時にも、『飽きたから』と、
それしか言わなくて。俺の前では、体が辛いところなんて絶対に見せなかったし、
俺が東京に来て、事実を突き詰めているうちに、
気持ちが動いていることもわかっていただろうに、会えない日が続いても、
責めることもなくて……」


みずなが里穂さんと、販売店で会った日。

確か、『蒼が東京に来た』のは、『自分のため』だと話していたはず。

それが実は過去を取り戻すためだと知り、辛い思いもあっただろうに、

彼女は蒼を責めることなど、一度も無かったという。


「里穂の病状を知って初めて、俺は『思われること』で救われていたんだなと、
気づかされた。神戸へ逃げてきて、精神的に一番きつかったときに、
里穂がいたから、こうしてまた一人で立てているんだと。
あの出会いがなかったら、もっと嫌な人間になっていたはずで……
そうしたらさ、それまで牧野を頼る母親に、嫌な気持ちばかり持っていたのに、
そうか、母も父が亡くなって必死になっていたけれど、
『頼れる』ことが出来るようになって、その心地よさを受け入れていたのかと、
思えるようになった」


蒼のお父さんが亡くなってから、一人で戦ってきたおばさん。

蒼は、互いに寄り添うことの意味に、気づいたという。

私がずっと『頼る』ことを知らずに生きてきて、真路さんの存在に、

心を動かされたように。


「実際、牧野は、神戸に行ってから俺たちの要求をきちんと受け入れてくれた。
強引に入り込むようなこともしてこなかったし、俺が嫌っているとわかっているのか、
力を見せつけるようなことも、しなくなって……」


『キタック』に挨拶に来てくれた牧野さん。

確かに鋭い視線に、怖さを覚えたが、彼自身も蒼との距離に悩み、

苦しんだのかもしれない。


「里穂が、自分の病状を知って、それでもこの先、
積極的に治療をするつもりがないということを聞いた。
自分が一番辛いときに助けてくれた人のピンチを、今度は俺が救う番だろうと、
色々と迷いや悩みのあった気持ちが固まった。
諦めかけている里穂を救えるのは自分しかないと、そう思って……」


難しい状況を知りながらも、下を向かず、『一つ先の未来』を見ようと励ました。


「あ、ごめん。こんなことを話し続けていたら冷めるよな。食べよう」

「うん……」


蒼は里穂さんの時間が少ないことも知っていて、一緒に歩むことを選んだ。

残してしまった過去を取り戻すのではなくて、

今動いている時間を、止めないように……


「風音の言うとおりだ、結構うまいな、これ」

「でしょ、お値段はお安いのに、味はいいよ……」


蒼の生きてきた時間を知り、正直、胸がいっぱいになっていた。

私が迷い、苦しみ、泣いた時間の中で、蒼にも同じような時があった。

自分が好んで注文したものだけれど、胸がいっぱい。

でも、食べられないなんて言えない。

私が出来ることは、蒼の言葉を受け止めることだけだから。


「砂戸屋って、関西にはないんだよ」

「ないの?」

「うん……」


蒼は、里穂さんを支えて、助けてもらった気持ちをしっかりとお返しした。

これ以上の言葉を、私も聞き出すつもりはないし、もう十分だ。

里穂さんが亡くなって、もちろん蒼の中に辛い気持ちはあるけれど、

そばにいてあげられたという充実感も、きっと、あるはずだから。


「夏に納骨を済ませるらしいから、
それにはまたこっちに戻ってくるつもりだけれど……」


里穂さんの納骨。


「うん……」


里穂さんから『夢コメ』の紙が届いたこともあった。

『ごめんなさい』と『ありがとう』の文字も添えてあった。

おそらくきっと、自分が弱くなり、蒼をつなぎ止めてしまったことに、

申し訳なさもあるが、嬉しさもあって。

複雑な感情が、起こした出来事だろう。



本当は、こんな短い時間ではなくて、ずっと、ずっと……

一緒にいたかっただろうから。



そこからは『キタック』での仕事の話に変わり、

蒼が神戸で手がける『配送のオートメーション化』に向けた研究事業についても、

教えてもらう。

難しい言葉や、機能についてはわからないところも多かったけれど、

蒼の話す顔を見ていたら、やりたいことに向かっていける嬉しさのようなものが、

十分感じ取れる。


「この間、初めて完了まで15分の短縮が出来たんだ」

「へぇ……」


『世界一の笑顔』

私が知っていた、高校生の頃の蒼が、見せてくれたあの笑顔に比べたら、

少しはにかむような、抑えたような表情だけれど、

でも、気持ちは十分に伝わってくる。



やはりあなたは……あなたなのだと。


【23-4】



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