23 思想の色 【23-4】

【23-4】


食事が終了し、コーヒーもほとんど無くなってくる。

実家のこともある程度話をしたし、新しい話題を持ち出すのも、

だんだんと難しく思えてきて……


「そろそろ、行こうか」

「うん……」


私の手が届く前に、蒼が伝票を持った。

ここは少しだけ頭を下げて、受け入れることにする。

会計を済ませて、階段を降りた。


「家まで送るよ」

「いいよ……駅まで送ってくれたらそれで」

「そんなこと言うなって。そのために車なんだから」


蒼はもう数日後に、神戸に帰る。

そもそもが、無理矢理作った『東京』での仕事。

だとすると、こうして会うことは、もうないかもしれない。


「うん……」


駐車場に止めてあった車。

蒼が鍵のロックを外してくれたので、私は後部座席のドアを開ける。

蒼と目があってしまって……


「お腹いっぱいになったでしょう。前だと、絶対にシートベルトだから」


後部座席も本来するべきだろうけれど、『絶対』ではないしねと、

私は言いながら、中に入る。


「後部座席も絶対だぞ」

「エ……そうなの?」

「そうだよ、それでよく免許取れたな……」


蒼の言葉に、私は『まぁ、もうこっちに入ったし……』と言いながら、

シートベルトをして前を見る。

蒼は運転席に座り、住所を教えてくれと言ってきた。


「うん……えっと……」


前の座席には、座れない。

きっとまだ、里穂さんがそこにいる。


「わかった……」


蒼は軽くナビに入力すると、エンジンをかけて走り出した。





『ごめんなさい』

『ありがとう』


里穂さんが『新車発表会』に来て欲しいと招待状をくれた時には、

もう、自分の体のことをわかっていたのだろう。

蒼には黙っていても、わかっていたから、だから、

藍子の会社の仕事をしたカメラマンに、モデルとして才能があると言われても、

身を引いて、出て行くことはしなかった。


もし、蒼が東京で気持ちを変えて、自分の元から去って行っても、

里穂さんは泣いてすがるようなことはなく、気丈に振る舞っていたのではないだろうか。


私よりも大きくて、優しくて……


蒼に対しての愛情も、深くて……



蒼が迷っていることも、辛かったことも気づくことが出来ず、

ただ、ウロウロとしていた私。

あまりにもその差は、大きくて……



すっかり夜になったため、街灯が並んでいるのがよくわかる。

その光が涙でにじんでしまい、私は下を向きながら、何度か目頭をハンカチで押さえた。





「あ……蒼、このあたりで」

「ここ?」

「うん、アパートはね、この道の奥だけれど。でも道がすごく狭くなるの。
だから抜けにくいし、大丈夫だから」


私の言葉に、蒼は運転席の窓を開け、奥の様子を見る。


「大丈夫だよ、入っている車もあるし、そこまで運転下手じゃ無いから」


蒼は右に曲がり、ゆっくりと進んでいく。

結局、アパートの前まで進んでもらい、

本当に数歩歩けば玄関だという場所まで、私を届けてくれた。


「ありがとう……」

「うん」


バックミラーに映る蒼の顔を、私はしっかりと見た。

『さようなら』の言葉を、出さないと……


「中村さん……」

「エ……」

「中村さんの、仕事は順調?」


真路さんのこと。

私は聞かれると思わずに、言葉が止まった。

そうだった、蒼は私がまだ真路さんとお付き合いをしていると思っている。


「海外雑貨の輸入だったよな、今回は急に戻らないとならないから、
夏の時にでも会えたらなと……」

「あ……うん」

「そう、風音から伝えておいて」


『実は夏に……』なんて、今ここでは、言えない気がした。

どこかでわかるのかもしれないけれど、今ではない。



今ではない……



「わかった」


伝えることは出来ないけれど、今はそうしか言えない。


「うん……」


蒼の声。


「風音……」

「何?」


『古川蒼』

私のこの10年の日々、大きくも小さくも、あなたのことを忘れたときはなかった。

苦しいことも、辛いことも、また嬉しかったことも、あまりにも多くて。


「今日は、田島が気にしていたから、もう洗いざらい話したけれど、
聞いたことは全部、おいて行けよ」


私がこれから生きていく道には、

いや、蒼が生きていく道にも、もう必要が無いということ……


「うん……」

「『幸せ』になれ」


顔を向けてくれた蒼の笑顔に、『うん』という台詞は、口から出ていかなかった。

言いたくなかったのではなく、言えば声が震えそうだったから。



あの事件がなかったら……

私たちの道は、どう描かれていたのかわからない。

でも、歩んできた時間は、積み重ねられていて……



蒼の脳裏に残して欲しいと、私も精一杯の笑顔を作った。


【23-5】



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