24 運命の紙 【24-4】

【24-4】


「マンションを?」

「そうなの。前から思っていたのよ」


母はガラスのコップに麦茶を注ぎ、私の前に置く。


「この家、階段の角度がきつめでしょう。お父さんは今回、治ったけれど、
年齢を重ねたら、もっと足も腰も弱くなるだろうし、
次に同じようなことが起きたら、また元通りになるとは言えないからさ」


母の話だと、家のローンは完済されているので、これを売ることが出来たら、

それほど大きくないマンションを、買うことが出来ると、

不動産屋に見せてもらった物件のちらしを、テーブルに置いた。

もちろん新築では無いが、そういった考えが出てくるとは思っていなかったので、

なんだか頭がうまく回らない。


「おじいちゃん達、それでいいって?」

「うん……おじいちゃんも今回はちょっとびっくりしたみたい。
マンションなら、鍵一つで住むし階段もないでしょう。無理してここに住むより、
その方がいいかもって」


母は、すぐにとは言わないけれど、もう少し田舎に入っていけば、

これだけのものがあるからと、前向きになっている。


「2LDK?」

「うん、十分よ、3人だものそれで。今回、風音が戻ってくるって言ったって、
いつ出て行くかわからないしね」

「お母さん……」

「嫌みで言っているわけではないの。風音が……犠牲になるようなことは、
お母さん嫌なのよ」


母はそういうと、私の手を握る。


「疲れちゃって戻ってくるのは構わない。でも、これからずっと、
私やおじいちゃん達を、自分が……なんて思いは、持たなくていいから。
もちろん、家族だもの、助けてって頼むかもしれないわよ。
でも、風音は、風音の幸せを、ちゃんと追いかけて欲しいから」


真路さんとお別れした話は、もちろん母にもしていた。

母は、ちらしを片付けながら、『東京に残ってもいいんだよ』と言ってくれる。


「エ……」

「『キタック』は条件のこともあるから、辞めるのは風音の意志でしょうけれど、
東京に残って、別の仕事を探したっていいし、こっちに戻ってきても、
部屋を別の場所に借りても、お母さんは全然OK!」


母は、小さなコップに自分の麦茶を入れ、美味しそうに飲んでいく。


「あぁ……冷たくて美味しい」


私は、ずいぶん強くなった母の意見に何も言うことが出来ないまま、

夏の休みを消化し、東京に戻った。





「そうなんだ」

「うん……もっと向こうに帰ることを期待されているのかと思っていたのに、
あんなふうに言われると……」

「残ろうかと思うの?」


みずなに話があると言われ、8月の終わりに待ち合わせをして食事をすることになった。

ホテルの食べ放題という楽しい場所に、二人であれこれお皿に取っていく。


「いや、でも、一度帰ろうと思う。
本当にマンションに移るのなら、それなりに引っ越しも大変だろうし。
環境を変えてみて、感じることもある気がして」

「そうか……まぁ、また出てきたかったらくればいいよ。
自由でいいと言ってもらったのだから、気が楽になるって」

「まぁね」


みずなはお皿の上にある『カルパッチョ』を指さし、美味しいよと、

小さな声で言う。


「どうして声を小さくしたの」

「いや、なんとなく……」


私は、それなら後で取ってくると言い、シューマイを口に入れた。

みずなは手帳を取り出し、『10月』のページを開く。


「ねぇ、『学園祭』……どうする?」

「『学園祭』?」

「そう……高校2年からすると10年でしょう。
あの日埋めた『夢コメ』を取り出すのよ」

「あ……」



『夢コメ』



そうだった。

『学園祭』の日、担当学年の2年生は、将来の夢や希望、

学校の思い出などを書いた紙を入れて、校庭の隅にある場所に埋め、

それを10年後の『学園祭』で掘り出すというのが、恒例行事だった。

カプセルを入れるケースも、場所も、予備を含めて11箇所になっているから、

開けないと次が埋められない。


「一応、クラス委員には声をかけているし、
卒業式の時に、インフォメーションはあったけれど……」

「みずな……私は……」


私は、掘り起こすものが何もない。


「わかるよ、風音がそう言いたくなるのは。でもさ、だからこそと思ったの」

「エ……」

「埼玉に戻って、また出直そうとしている風音だからこそ、
あれから10年の区切りを、迎えたらどうかな」


みずなは、『私は行く』と、しっかりと言い切った。


「行くの?」

「行く、決めたから」


みずなはおそらく自分も来年、『結婚』に向かうだろうから、

気持ちを切り替えるために、出ておきたいと宣言する。


「切り替え……か」

「そうだよ、行こうよ、風音。スパッと……ね」


珍しく積極的なみずなに押され、私は『わかった』と返事をしていた。





そして10月、私が『東京』を去る月が来た。

引っ越し作業は『キタック』にお願いし、来週に間に合うよう、

ダンボールに荷物も詰め始めた。

そんな中『学園祭』の日が来る。



もう、あれから10年。

制服のスカートに、素足だったあの頃から10年の月日が経った。



『清廉高校 46回 学園祭』



『夢コメ』の掘り起こしは、時間的に昼休みの頃だった。

1年生の時、教室の窓からスーツ姿の人たちを見て、

将来、自分たちもこんなふうに集まるのかと、思った記憶がある。

自分には全く関係の無い、遠い先の話だと思いながら見ていたけれど、

10年なんて、本当にあっという間だった。

携帯の時計を見ながら、時間を確認する。

いつもなら駅で待ち合わせをするみずなに、

今日は学校の中で待ち合わせをしようと言われ、

その約束通り、体育館の脇を抜けて、花壇が並ぶ場所に立った。

メイン会場からも離れているし、体育館と校舎を移動するラインからは外れていて、

賑やかな場所から、どこかおいて行かれているようなポイント。

でも、私はこの場所を昔から知っていた。

ここからはグラウンドがよく見えるし、体育館の中も見える。

蒼がバスケをしていた姿を、この小さな窓からこっそり覗いたことがあった。

みずなは確か、陸上部の先輩に憧れていて、両方が見える場所はここしかないと、

用も無いのに、ウロウロして……


「あ……そうそう」


排水溝の穴に、小さな石を蹴って入れていたら、学年主任の先生に見つかって、

詰まるから辞めろと怒られたことがあった。

今はどうなっているだろうと、上から覗くと、

今でも同じようなことをする学生がいるのか、結構な石が重なっているのが見える。



誰かの気配がしたので、顔をあげた。

目の前に立っているのは……



「蒼……」



蒼の足が、シャリシャリと小石を踏む音を作る。

教室の中から学生の盛り上がる声が聞こえ、私も蒼も、その声の方向を見た。


【24-5】



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