1 おかしいけれど、思ったのです! 【1-1】

1 おかしいけれど、思ったのです!


【1-1】


「乾杯!」

「何度目だ」

「いいじゃないですか、もう、うるさいな」


今年の秋には27歳という、なかなか微妙な年齢を迎える『浅井ひかり』は、

勤務先である文具メーカー『KURAU』の同僚と、

仕事終わりの飲み会を楽しんでいた。

場所はお決まりとも言える『たきのや』で、話題は色々あったものの、

最終的に出てくるのは上司、吉川部長のことになる。


「吉川部長って、大丈夫だ、頑張れとか最初は言うんですよね。
でも最終的には比較しているんですよ。昔はこうだっだ、あぁだったって。
何か考えていることがあるのなら、最初に話をしてくれたらいいのに。
後から修正する方が、面倒でしょう」

「そうだ、そうだ」


ひかりの3つ先輩になる『山内雄平』は、手続きがどうのこうのと吉川の真似をする。

ひかりは『似ている』と言いながら笑い、両手で自分の股を軽く叩いた。

ひかりの1つ先輩になる『細川智恵』は、グラスが空になっているのを確認し、

壁に掛かる時計を見る。


「ねぇ、そろそろ帰ろう。飲み物無くなったし」

「お? もうそんな時間か?」


ひかりと一緒に盛り上がっているように見えた雄平だったが、

そこから急に冷静になり、『明日は釣りだ』と言いながら、

気持ちを切り替え、帰り支度をし始める。

まだまだ愚痴も言い足りないため、終わりたくないひかりは、

『もう少し飲みましょうよ』と雄平の腕を引っ張るが、

今日はここまでだと、打ち切られてしまう。


「うぅ……ケチだ、山内さん。困っている後輩を捨てていく」

「ケチだの捨てるだの、うるさいなお前は。こうして飲み会してやっただろ」

「そうだよひかり、もうそろそろやめないと、帰れなくなるから」

「何言っているんですか、大丈夫ですよ」


智恵の心配を手で払い、ひかりは二人の顔を交互に見る。

どちらにもハッキリと顔に『終わり』と書いてある気がして、

『わかりました』と敬礼した。

雄平もひかりの合図に応えるように敬礼を返す。


「よし、それでは解散だ、また来週」

「はい」


3人は会計を済ませ、駅に向かう。

鼻歌交じりの状態で歩くひかりを気にしながら、智恵は地下鉄の駅に入った。


「ねぇ、ひかり、大丈夫? 気分よくそこらへんで寝ないでよ」

「何ですかそれ、寝ませんよ。私が今までに寝たことありますか?」


ひかりは振り返ると自信満々にそう言ったが、

智恵は『未遂』は数回あると、冷静に言い返す。

ひかりは『そうだった』と過去を思い出し、おでこを軽く叩いた。


「本当に大丈夫です。こんなふうに見えて、今日はそこまで酔っていません。
帰る自信があります」


ひかりはそういうと、『ペロッ』と舌を出した。





「とりあえず、これで全部だよな」

「あぁ、悪かった勇也」


そんなひかりが住む、同じ東京の空の下、

『最上祥吾』は部屋に入れたダンボールから、着替えを取り出した。

何もない部屋の中に、いくつかのダンボールと一組の布団。

こうなる予定ではなかったが、とりあえず必要な荷物と残すものを分離し、

引っ越し業者に運んでもらった。


「それにしてもついてなかったわね、祥吾」

「悪いな叔母さん、突然こんなことになって」

「そんなことはいいのよ、どうせそこ、空いているし」


祥吾にとって叔母になる『今川愛美』は、ダンボールが入った部屋を見た後、

リビングのテーブルに息子の勇也の分を含めて、3つのビールを置いた。

祥吾は不動産屋から受け取った用紙を、テーブルの上に置く。


「叔父さんに電話しとくわ、俺」

「あら、どうしてよ」

「どうしてって、部屋をこうやって勝手に借りているし」


祥吾が荷物を置いた部屋は、引っ越しを手伝ってくれた『今川勇也』にとって、

父親になる『今川友則』が、数ヶ月前まで使っていた場所になる。


「あいつに断りなんて必要ないわよ、戻ってこないの。離婚したのよ、私」


愛美は『離婚しました』と強調しながら、祥吾を見る。


「離婚したって、勇也の父親だし。このマンションだって叔父さんの名義だろ」

「名義なんて関係ないわよ、住んでいるものが勝ち」

「いや、勝ち負けじゃないし……昨日も会っていたって……」


祥吾は『そうだろう』と勇也を見る。


「うちの親は非常識の塊だからさ、気にしなくていいよ祥吾」


勇也はそう言いながらリビングに戻ると、ビールを持ちプルを開ける。


「それにしても、違法建築って」


勇也は祥吾がテーブルに置いた書類を軽く見ると、

今日1日の流れがあまりにもおかしくて、『ごめん』と言いながら笑い出す。


「いや、笑うところだよ、考えられない。福岡からこっちに来ることが決まって、
引っ越しまで何日あったんだって……」

「そうだよな、業者のヤツ、怒鳴ってやった?」


勇也の問いかけに、祥吾は『そういう気持ちはあったけどね』と声に出す。


「相変わらず、優しいな祥吾。そういう性格だから貧乏くじ引くんだよ」


勇也はそういうと、ビールを飲む。

何かつまみがないとつまらないと思ったのか、冷蔵庫を開けて、中をのぞき込んだ。


「まぁ、それはそうよね、祥吾は優しい……優しすぎる。
だから簡単に、コロコロ騙されるのよ」


愛美もその横で、ビールを開けると飲み始めた。


「コロコロ騙された覚えはないって……」


祥吾が契約をした新築の賃貸マンションは、最終チェックの段階で、

違法建築がわかり、役所から入居のストップをかけられた。

それを知った業者は、とりあえず他の物件でと連絡をしてきたのだが、

祥吾にとっては思い通りの場所ではないことと、

あまりにも対応がお粗末だと言うことで、契約できなかった。


「確かに、慌てて契約したくないよな」

「だろ。間取りも違うし、場所も違う。
そんなものを堂々と出してくるあたり、最初からこれを契約させたかったのかと、
勘ぐりたくなった」


祥吾もビールのプルを開ける。


「とりあえず1ヶ月、猶予をくれと言うから、仕方がないかなと」

「大丈夫よ、1ヶ月だなんて言わないでここにいれば。ねぇ、勇也」

「そうそう、祥吾がいるくらい、どうにでもなる」


勇也は冷蔵庫から出したハムを丸めると、口に放り込んだ。


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