6 7割の告白

6 7割の告白

肩を押さえた亮介だったが、何も理由を語ることなく、リビングを出ようとする。

咲は扉の前に立ち、座って欲しいと訴えた。


「どうしたの? 肩」

「なんでもないよ、ちょっとぶつけたんだ」

「うそ……ぶつけたくらいで、そんなふうに痛がるなんておかしいもの。
ねぇ、だったら病院は? 行ったの?」

「行ったよ、薬ももらった。だから心配するなって」


必死に見つめる咲の目を避けるようにして、亮介は前へ進もうとする。


「近頃おかしいと思ってたの、私、あなたに避けられている気がして。
何かあるなら、ちゃんと話して欲しい。隠し事なんてしないでよ」

「してないよ、だから、ちょっとぶつけてケガをしただけだって。何をあれこれ……」

「だったら……答えて。どうしてスーツ、自分でクリーニングに出したりしたの? 
汚したのなら汚したとか、私に言えば済むことじゃない。毎日ここにいるのよ、
そうやって隠されたら不安になるの」


咲の中から、不安のかけらが、ポロポロとこぼれ落ちていく。

亮介はなんとかリビングを出ようとするが、ドアノブを持った咲は、そこから動こうとしない。


「たまたま会社の近くにあったから、だから頼んだんだ。そんなに深い意味なんてないよ」

「意味なんてなくてもいいから、ちゃんと話して」

「イライラするのもわかるけど、こっちにぶつけないでくれないか」


亮介の口調が少しきつくなり、咲もそれにあわせるように、気持ちが尖り出す。


「……イライラなんて、してないわよ。ううん、違う、今はしている。
だって、隠し事されるのは嫌なんだもの。なんでも話し合って、解決していこうって、
結婚前にだってそう約束したはずでしょ。本当は、イライラしているのは、亮介さんじゃないの?
仕事のこととか、そのケガのこととか、何でも一人で抱えて……。
黙っていてうまく流れていくことなんてないからって、あなたがそう言ってくれたこと、
私、今でも……」


亮介は咲の横をすり抜けるように出ると、そのまま風呂場へと入ってしまった。

咲は一度大きく呼吸すると、流しに入れた食器を洗い始める。



『あのねぇ、7ヶ月くらいって、一番危ないらしいわよ』



利香が言った浮気のことを、真剣に疑っているわけではないが、

何かを隠されていることが、とにかく咲をイラつかせた。

スポンジを力強く握り、ぶつけられない気持ちを、皿を強くこすり落ち着かせようとする。


「あ……」


お腹の赤ちゃんがポンと咲の腹部を蹴り、とげとげしくなった気持ちを和らげた。

咲は右手をお腹にあて、もう一度深呼吸をする。

それはまるで、『ちょっと落ち着いて』と語りかけられているような気がした。


亮介が出てきたら、もう少し優しい口調で語りかけてみよう。

咲はそう思いながら、残りの食器の泡を洗い流した。





「ごめんなさい……」


タオルで髪の毛を拭いていた亮介は、突然頭を下げた咲の方を見た。

強く出られると強くなるが、こうして謝られると、自分の方が悪かったんだと、

気持ちが辛くなる。


「こっちもごめん。咲が心配するのは当然だよ。それなのに、強く言って悪かった」

「ううん……でも、心配なのはわかってほしいの」

「うん……」


亮介は一度着た上着のボタンを外すと、咲に左肩を見せた。

少し腫れたように見える左肩には、強くどこかに打ち付けた青あざが残っている。


「筋肉を強く引っ張ってしまって、筋が痛んでいるらしいんだ。
本当は固めて動かさないようにするのが、一番早く治るらしいんだけど、
2週間も、今はそうしている時間がない」

「……どうして?」

「どうしても、太田のツアーを成功させたいんだ。それが終わったら、ちゃんと治すから」


咲は右手でそっと亮介の左肩に触れ、青あざになっている部分をさすった。

すぐにでも固めて治して欲しいのはやまやまだが、亮介が決めたことを、

変えないこともわかっている。


「本当にぶつけたの?」

「……あぁ」

「そう……わかった」


亮介は横に座る咲の顔を見た。自分の答えがウソであることを、

すでに見抜いているような表情は、とても哀しく揺れる。


「……咲」

「はい」

「ウソだって、思ってるんだろ」

「亮介さんがそう言うのなら、そう信じる」

「……強がるなよ、心配していますって顔に書いてあるって」


亮介はそう言うと、咲の鼻を右手でつまみ、軽く笑う。

天井を見上げ大きく息を吐くと、肩を痛めた理由を語り始めた。


「人を助けたんだ、後藤芽衣さんっていう25才の女性。路線バスを待っている時に、
どこか焦点の合わない目のまま、ゆっくりと前に出てくるから、瞬間的にこの人は
飛び込むつもりだってそう思えた。客待ちで並ぶタクシーの一つ向こうの車線を、
観光バスがスピードをあげて近づいてきた時で、とっさに空いている左手で、彼女の服を掴んだ」


亮介は自分の左手の手のひらを見つめ、少し強く握る。

「バスへの衝突は避けられたんだけど、発車したばかりのタクシーに少し触れて、
腕をそのまま引っ張られた。その時、停留所のポールに強くぶつかって、それで……」


仙台の駅へ何度の行ったことのある咲には、亮介の言いたい場所が、

だいたいどの辺なのかがすぐに理解できた。

タクシーや路線バスが忙しく行き交う場所が、確かに存在する。


「で……その人は?」

「助かったよ。倒れたけど……擦り傷程度でたいしたケガはなかった」

「そう、よかった」


人を助けたことでのケガだと、ハッキリした理由がわかり、咲は少し安堵する。


「そんなことなら、すぐに言えばよかったのよ。事情がわかっていたら、
利香からの変なコメントにも、あれこれ頭を悩ませることなかったし、
スーツのことも、変に考えることもなかったんだから。ねぇ、どうして黙っていたの?」



『その理由は……』



仕事で仙台に来た祥子が、事情を聞いて言ったセリフが、ふと亮介の頭に蘇った。


「余裕がなかったんだな。仕事のこととか、色々……。それより宮本が何か言ったの?」


亮介は利香の名前を出し、話の方向を軽くそらす。咲は、一瞬顔を合わせたが、

どこか恥ずかしそうにしながら、テーブルの横にある毛糸に手を伸ばした。


「あ……うん」

「なんだよ」

「7ヶ月くらいって、男の人が一番浮気しやすいとか……なんとか……」

「は? あのバカ、秋山とうまくいってないのか? 余計なことを……」

「余計なことって。利香だって心配してくれてるのよ、好き勝手な言い分だけど。
それよりねぇ、その芽衣さんって人、何か悩みでもあったの?」

「……さぁ……、あれこれ聞くのも……」


亮介はそれだけ言い切ると、タオルを首にかけ、台所へと向かった。



『その理由は……確かに言いたくないし、聞きたくないかもね』



ソファーに座り、安心した表情で毛糸を整える咲を見た後、亮介はボトルに手を伸ばす。

全てを白状出来なかったことに、亮介は、どこか申し訳なさを残しながらふたを開けた。



それから1週間後のこと、東京本社では、5年目を迎えた社員達の声が響く。

新人研修の時に比べると、明らかに減ったと、里塚は思いながら、ある男の顔を探す。


「太田!」

「あ……里塚、久しぶり」


久しぶりに会った同期の里塚は、さらに自信を増した顔で、目の前に現れた。

そんな同期の姿を見ながら、太田は苦笑し、軽く手をあげた。



                                 深見家、新メンバー加入まで……あと83日






7 向こうの彼 へ……




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コメント

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後の3割…気になる

ほんの小さなうそも隠し事も
できればしたくないよね…
『その理由は……確かに言いたくないし、聞きたくないかもね』
全部話せないその“理由”が気になってしょうがないわぁ


「お腹の赤ちゃんがポンと咲の腹部を蹴り、とげとげしくなった気持ちを和らげた。」
赤ちゃんもお腹の中で心配だよね。
亮介も後輩の心配より咲の事を気にかけて欲しいのに…
自分の事より周りを優先させてしまう優しいところが良いところなんだけどねぇ


新メンバー加入まで…83日
一週間進んだ!(笑)

まだまだ心配…

…自分の方が後ろめたいと、逆に相手にひどいこと言ったりするんだよね~

『イライラするのもわかるけど、こっちにぶつけないでくれないか』
この一言には…・
ちょっと~亮介ったら~~!
って、思ったけど…

まだ3割…
話しきれないほど、何か事情があるのねぇ…
この3割が、また波風の元にならなきゃいいけど…

お腹の赤ちゃんも不穏な雰囲気を感じ取ったのかしら~^^;?
早くパパとママも心配事が無くなるといいのにね…

理由だよね

Arisa♪さん、こんばんは!


>『その理由は……確かに言いたくないし、聞きたくないかもね』
 全部話せないその“理由”が気になってしょうがないわぁ

気にしてもらわないとねぇ(笑)
ちゃんと明らかになるので、続きも読んでね。


>新メンバー加入まで…83日
 一週間進んだ!(笑)

あはは……。また、止まるかもしれない(笑)

亮介の気持ち

eikoちゃん、こんばんは!


>…自分の方が後ろめたいと、
 逆に相手にひどいこと言ったりするんだよね~

そうそう、そうなんですよね。
亮介は後ろめたいと言うか、まぁ、隠し事をしている手前、
こんな態度になったのでしょう。

どこの家庭にもあるんじゃないかなと……。


>お腹の赤ちゃんも不穏な雰囲気を感じ取ったのかしら~^^;?
 早くパパとママも心配事が無くなるといいのにね…

そうなんだよね……

睡眠は取ってね

拍手コメントさん、こんばんは!


>うーん、7割の告白かぁ~
 祥子さんにはほんとのこと話したってこと?

そういうことになりますね。
祥子には言えて、咲には言えないこと……
それは、この先に、わかります。


>また気になって眠れないわ~

それはダメですよ。しっかり睡眠は取りましょう。
この先、話は色々なところをからめながら、
進みますので、もう少しつきあってね。

芽衣って人はね

yokanさん、こんばんは!


>後藤芽衣、なんかひっかかるな~(ーー;)

ひっかかって(笑)
太田君、里塚君の登場、そういったものも
みんなひっくるめて、さらに話は深くなります。
これからも、お付き合いよろしくです。

話はからむぞ!

mamanさん、こんばんは!


>亮介さんなんで7割の告白?話し合って解決・・・と思ったけど、

なぜ7割なのかには、ちゃんと訳があるんですよ。
それはこれからわかりますけどね。

太田君、そう、確かに亮介の悩みの一つ。
色々とからめながら、話はさらに進みます!

全部は言えないのね・・・

こんばんは~

咲ちゃんにここまで話したのに
それでも全部は言えないのね・・・

『その理由は……確かに言いたくないし、聞きたくないかもね』
祥子さんも納得するほどの咲ちゃんに話せない理由ってなんだろう?
あぁ~気になる

そしてさらに自信を増した姿で登場の里塚君!

彼との再会が太田君にとって良いものになりますように・・・







あっちもこっちも

バウワウさん、こんばんは!


>『その理由は……確かに言いたくないし、聞きたくないかもね』
 祥子さんも納得するほどの咲ちゃんに話せない理由ってなんだろう?

なんだろう……。
そんなことを考えながら、次を待って下さい。

祥子、里塚もからめながら、さらに話は続いていきます。

うーん・・・

理由が、わかったような、わからないような・・・
だから7割なのね^^;

あらゆる伏線が、少しずつ顔を見せ始めて、線になりつつあるけれど、私の頭の中は、咲と同じで「亮介さんを信じてる」ってことヨン♪

太田君、どうなるのかな~・・・
彼には、旅館の業務の方が向いてるかもね・・・なんて余計なことを考えながら、次へ!

あちこちつながるよ

なでしこちゃん、こんばんは!


>あらゆる伏線が、少しずつ顔を見せ始めて、
 線になりつつあるけれど、

なりつつあるけれど、つながってないところもあるはず。
一気に繋がるときが、来るんだけどさ(笑)

太田君、はてさて、頑張れるのか……
余計なことを、どんどん考えてね!