1 おかしいけれど、思ったのです! 【1-3】


【1-3】


『みらいず』を開くと、かわいらしい花や鳥のイラスト画面が現れたが、

そこにそぐわないような、ひげをはやした男性も、顔を載せている。


「ん? 何これ、あはは……ひげ、ひげ。もじゃもじゃしてる。
あ、そうか、ラグビー選手の真似だな」


お酒を飲んでいなければ、どうってことのないようなものだが、

ひかりには、お酒の『境界線』が存在した。

この『境界線』を越えてしまうと、常識と現実の基準値が、勝手に動くのだ。

それはワイン1杯で来るときもあるし、ジョッキで数杯飲んでも来ない日もある。

体調や仕事の進み具合など、そのときの精神状態が大きく影響していて、

今日はすでにその『境界線』を越えていた。


「ひげ……ひげ……」



『初めて彼女が出来ました。結婚までとんとん進み、驚いています』

『みらいずに出会えて、人生が変わりました』



「ウソ、ウソ……何これ、何言っているの。選手を真似たってダメ……、
あれはね、ひげだからいいのではないの。いい選手にひげだから……」


『みらいず』とは、どうも婚活サイトの一種で、簡単なアンケートに答え登録すると、

自分にあった人を、自動的にピックアップして見合いの場を作ってくれるのだと、

説明書きには書かれていた。

ひかりはそういう説明など全く読まずに、ただ、体験談を載せている男性のひげに、

とにかくこわだっている。


「あ……」


余計なところを押したのか、画面が切り替わった。

そこには『仮登録のままです』という但し書きがついている。

しかし、ひかりの興味はひげをはやした男性にしかなく、

文字など読まないまま、戻るボタンを押し、また彼を呼び出した。


「こら、ひげ! お前は全然似合ってないぞ」


ひかりは自分の左手で、画面をポンポン叩く。

すると、また画面が動いてしまった。


「あぁ……もう」


ひかりは、変わった画面の端にあるボタンを押し、また元に戻ろうとする。

そのとき、お風呂のお湯を入れていたことを思い出し、とりあえずその場から離れた。

画面はトップ画面のままで、興味はお風呂に変わっていく。


「よし、入ろう」


ひかりはそのまま浴室に向かうと、扉を閉めた。





その頃、今川家では、愛美がノートパソコンを開き、懸命に何かを打ち込んでいた。

勇也は、首にかけたタオルで耳の中を拭きながら、母の真剣な表情を見る。


「風呂、空いたけど」

「うん……」


勇也は、何をしているのか興味を持ち、愛美の後ろに回る。


「ねぇ、祥吾は」

「寝てる。疲れたんだろ、精神的に」

「あ、そう……」


勇也は、PC画面に祥吾の写真が呼び出されているのに気付く。


「何これ、祥吾のデータ?」

「そう、『みらいず』に登録しているの。
お母さん新しい仕事を始めたって言ったでしょう。
まだ、実績と言えるようなものがないのよ。女性は無料で登録できるから、
あっという間に数が増えるけれど、魅力的な男性を増やしておかないと、
女性もいつのまにか消えちゃうし」

「ほぉ……」

「こうやって登録の人を増やすのもポイントにつながるのよ。
祥吾なら、登録しておいて問題ないし」

「いいの?」

「いいわよ……」


勇也は『いや、勝手にするのはまずくないか』とつぶやくが、

打ち込まれている内容を見ているうちに、おもしろくなってくる。


「おふくろ……」

「何?」

「相手に求めるもの? これはやり過ぎだよ。この条件は無理でしょう」


勇也はそういうと、画面に指で触れる。


「いいのよ、登録していることに意味があるの。
あっという間に希望者が出てきてバタバタするのもまずいでしょう」


勇也は、母の真剣な表情に、『先に寝る』と声をかけ、自分の部屋に向かった。





「はぁ……」


風呂場の壁を眺めながら、ひかりはため息をついた。

2週間ほど前に、元彼の『足利要』から連絡があった。

その内容は、秋に開くつもりの自分の結婚式の2次会に参加しないかという

信じられないもので、話をしているうちに、要からすると、

そもそもひかり自身が彼女の扱いではなかったことに気づかされた。

気軽に話せる異性の友人、都合がいいときに会える人、

そんな程度に思われていたことがわかり、

情けなさと、悔しさが、頭の中をグルグルと駆け巡った。

そんなストレスもあっての、今日の飲み会になる。

ひかりは、こんなことを考えていること自体、

『勝手に幸せをつかんだ』要に負けている気がして、

お湯をすくうと、必死に何度も顔を洗った。

パジャマに着替えて冷蔵庫の前に立つと、『ビタレモン』を探す。


「あれ?」


しかし、冷蔵庫の中はほとんど何もなく、『ビタレモン』がないことも、

すぐにわかった。


「ないよぉ……」


『ビタレモン』というのは、ビタミンが入ったレモン味のドリンクなのだが、

ひかりは勝手に、酔い覚ましになると信じていて、

いつも冷蔵庫にストックしていた。しかし、今日はたまたま入っていない。

もう眠るべきだと思うのに、目は『缶チューハイのレモン味』に向いてしまった。

描かれている、弾けるようなレモンのイラスト。

少し凹凸のある缶は、ライトを使って、キラッと光を送ってくる。

明日は休みだし、酔い潰れていても、ここは部屋だからと勝手に判断し、

要に裏切られた思いを断ち切ろうと、ひかりは缶を手に取り、また飲み始めてしまう。


「ふぅ……」


半分ほど飲んでいくと、お風呂で少し冷静になりかけていた気持ちが、

またふわふわとおかしくなり始めた。

チューハイの缶を片手に持ちながら、パソコンの前に座る。


「何よ、アンケート?」


ひかりは『アンケート』に答えていただくと……という画面に出ていた

文章の途中までを読む。


「あなたに似合う人を……か。絶対にって言えるの?」


自分にはいい相手だと思っていた要は、自分を見てもいなかったのだという空しさと、

目の前の『みらいず』の宣伝文句が、ごちゃ混ぜになり始める。

ひかりは少しだけ笑みを浮かべると、チューハイの缶を横に置いた。


「自信があるんだな……それならやってもらおうじゃないの」


ひかりはそういうと、勝手にアンケートに答え始めた。


【1-4】



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