3 みなさん、ご注目! 【3-5】


【3-5】


ひかりは『余計なことは言わないでください』と無言の視線を送るが、

酔った吉川部長には、全く通用しない。


「そうですか」


祥吾はそういうと、ひかりが座っている席のお酒が、全く減っていないことを確認する。


「幹事だと、飲めませんね」


祥吾にしてみると、雄平を含めてのコメントだったが、

ひかりは『お酒』について触れられることで、

そこから自分の『失敗談』について、遠回りに指摘されている気がしてしまう。

ひかりは『今日はアシスタントなので大丈夫です』と切り返した。

それを聞いた吉川は、『何言っているんだ』と、ひかりにグラスを持たせようとする。


「いや、あの、部長」

「お前が飲まないと、盛り上がらないだろう。ほら、あの……あ、そうだ、
ものまねだよ、ものまね」


吉川は、ひかりが『動物のものまね』が得意だと言いはじめ、

『ほら、ヤギだ』とか『ビーバーをやってくれ』と指示を出す。


「ほら、こうして、お前……」


吉川は揚げ物の下に敷いてあったレタスの葉を持ち、

こうしてカチカチやるだろうと、ビーバーの出っ張った歯をあらわそうとする。

ひかりは、『どうしてそういうことを、今、この場で言うのかなこの人は』と思いながら、

言われている祥吾の表情がどういうものかが気になり、ちらっとだけ視線を送る。


「見たいだろ最上君も、浅井の動物……なぁ……」

「吉川部長、いいですよ」


祥吾は、ひかりの困ったような表情を見たため、

『無理には』と吉川の指示を止めようとする。


「どうした。今日は君の歓迎会だぞ、遠慮なんてしなくていい。
これから一致団結なんだ」


そう吉川が祥吾に声をかけた時、少し離れた場所で、

雄平に言われて無理矢理出てきた高坂が酔い始め、

同じように酔いの回った後輩の『鈴本琢馬』と、ちょっとした言い争いをし始めた。


「いや、ちょっと待ってください」

「うるさいな、聞けよ」


話の内容は『言った、言わない』という単純なもののようだが、

初めは笑っていたのに、だんだんと表情が曇り始める。


「あの、高坂さん……」

「黙ってろよ、島津」


せっかくの会の雰囲気を壊してはまずいと思い、頑張って止めに入ろうとした小春は、

高坂の剣幕に小さくなってしまう。

元々、祥吾のためだというこの会に苛立ちがある高坂が、ヒートアップしていることに、

吉川の隣にいた智恵も、まずいのではないかと司会の雄平を見た。


「えっと……」


雄平は、何か言おうとするものの、どう言えばいいのか詰まってしまう。


「あのなぁ……そういう意見は……」

「なんですか……」


会の主役とされた祥吾は、高坂たちの小さないざこざを見ながら、

『ボルノット』でもこんなことがあったなと思い出した。

本来ならチーフポジションの自分が前に出て、しっかり止めなければならなかったが、

返される視線はいつも冷たく見えた。

『それならそれで』と、諦めることも多く、流されてしまう。


「高坂さんはいつも……」

「はい、みなさん、ご注目!」


高坂の傲慢さを指摘しようとした社員の声に重なるように、ひかりの声が響いた。

その動きと声を察知し、全員が注目する。


「『第2企画部』のみなさん、お酒も進み、食事も進み、会が盛り上がってきました。
そうです。最上さんという新しい強力なメンバーを迎え、
私たちはさらに頑張っていかなければなりません。
『ボルノット』も『サイノ』も、『打倒KURAU』です。
みんなで笑い、怒り、考え、私たちも倒されない団結力を養いましょう。
吉川部長の言われた通り、『一致団結』です。そのために私がここで、
『第2企画部』の新メンバーになった最上さんのため、ものまねやります!」

「お! いいぞ、浅井!」


吉川の声が続き、高坂たちが一瞬冷静になる。

バラバラになりそうだった会の空気が、ひかりの方に集まった。


「ものまねをする動物は何か、みんなで考えるんですよ、いいですか、
『一致団結』ですからね……コホン……」


ひかりは少し大きめの咳払いをすると、軽く口を動かすようにする。


「その前に、喉を潤しますので、1杯、いただきます」


ひかりはそういうと、智恵のチューハイジョッキを持ち上げ、ぐっと飲み干した。

吉川部長は『いいぞ、それこそ浅井だ』と声を出し、

喧嘩になりそうだった高坂たちもひかりを見る。


「では……まず……」


ひかりは祥吾の方を向かないようにしながら、そこから数分間、

『動物ものまね』をしてみせた。





「お疲れ様でした」


反乱を未遂に防ぎ、祥吾の歓迎会を終了させ、雄平とひかりの幹事業務も終わった。

部長の吉川はご機嫌のまま、『また来週から頑張ろう』と声をかけ、

駅の方に歩いて行く。智恵や小春も出てきてくれて、

幹事二人にご苦労様ですと声をかけた。


「島津……」

「はい」

「悪かったな、高坂の隣に入ってもらって。あいつ、またふっかけそうになるし」

「あ、いえ……」


雄平の言葉に、高坂からきつい言葉を浴びせられた小春の心は、

一気に晴れやかとなった。智恵とひかりは顔を見合わせ、笑ってしまう。


「小春、いい週末を」

「うん……」


小春はそれではと笑顔のまま、智恵と一緒に歩いて行く。

ひかりは隣に立つ雄平に向かって、丁寧にお辞儀をした。


「なんの真似だよ、それ」

「小さなことに気づいてもらえると、女はすごく嬉しかったりするものです。
さすが山内さんだなと思いまして」


ひかりは、小春の嬉しそうな顔を思い出す。


「俺、何かしたか? 今」

「そういうことを言うと、点数半分ですよ」


ひかりが雄平の声に前を向くと、会場から出てきた祥吾と目が合った。

ひかりは、今日はおとなしくしているつもりだったのに、結果的に、

またくだらないことを披露し、恥をかいたとすぐに下を向く。


「今日はありがとうございました。楽しいお酒が飲めました」


祥吾はそういうと、雄平に『来週からよろしくお願いします』頭を下げる。


「いえ、こちらこそ。一緒にいい商品を作りましょう」


雄平の言葉に、祥吾も『はい』と言葉を返す。


「浅井さん」

「……はい」


名前を呼ばれたひかりは、少しだけ顔をあげる。


「吉川部長の言われたとおり、ものまね上手でした。楽しかったです」


祥吾は、特に『あひる』がと、笑みを見せる。


「すみません、くだらないネタで」


ひかりはそういうと、頭を下げた。


「いえ……」


祥吾は、まだ何か続けようとしたのか言葉が止まったが、

結局『また、来週』と同じように頭を下げ会場を離れていく。

ひかりは、駅に向かう祥吾の背中を見た。

アクシデントとも言えるような会の内容だったが、

迎えられた祥吾の表情が柔らかいもので、自分の行動にも呆れた様子は見えなかった。

ひかりは、印象がさらにマイナスにはならなかったのかと、少しだけほっとした。


【4-1】





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