4 この間って何? 【4-5】


【4-5】


ひかりは飲み終えたカップをテーブルに置き、『ふぅ』と息を吐く。


「おぉ……いい飲みっぷりだ。もう1杯いくかね」

「いえ、ありがとうございました。私はこれで失礼します」


自分がこの場にいると、祥吾が話をしづらいだろうと思ったひかりは、

佐竹に頭を下げ、祥吾にも軽く頭を下げる。


「突然お邪魔してすみません、ごちそうさまでした」


ひかりは立ち上がり、横に置いたファイルとバッグを一気に持ち上げた。

片方の手には上着を持ったまま、身を整える行為もなく、

慌てたように教授室を出て行ってしまう。

祥吾は、ひかりが階段を降りていく音を、聞き続ける。


「どうしたかな、急に。彼女も『KURAU』の社員さんだろう」

「はい。きっと、教授がプライベートの話をしたからですよ。
ここに自分がいたら、俺が話しづらいだろうと思ったのでしょう。
味わうというより、必死にコーヒー飲んでましたから」


祥吾は自分のカップを見る。

まだ、3分の1も減っていない。


「そうか、それは悪いことをしたな」


佐竹はそういうと、コーヒーに口を付ける。


「1週間、色々と『KURAU』の内部を見せてもらいました。
『ボルノット』は電子文具の分野に絞っていますが、『KURAU』は総合メーカーです。
規模の大きさと、おおらかさはありますね。企画部も1から5まで挨拶をさせてもらって、
会社の雰囲気もそれなりに感じましたし。
よし、今日から本格的に仕事に入ろうと思って、自分なりに改善部分も、
強化していった方がいいところも気づいていたつもりでしたが……」

「が……」


佐竹はカップを置く。


「でも、気持ちが前に出なかった……ということか」

「……はい」


祥吾は表情を曇らせる。


「元々、性格的にも人の上に立つような人間じゃないんですよ、俺は。
黙々と作業をしていろと言われた方が、自分自身にしっくりくる気がして。
中途採用の試験を受けたときにも、前職はともかく、
企画部の一人として再出発をしたいと言ったのですが。
入ってみたら、部長の横に席があって、またか……と」


祥吾は砂糖を1杯、コーヒーに入れていく。


「まぁ、仕方がないな。お前が『ボルノット』で手がけたものが、
その年の『業界賞』を取ったのは間違いないし。『KURAU』側も、
その実績を評価して採用したわけだから」


佐竹はそういうと、悩んでいるように思える教え子を見た。

祥吾は少しずつコーヒーを減らしていく。


「今日も何を言うのか、どう来るのかと、
メンバーたちの目が、こっちをにらんでいるように見えました。
頑張っているみんなに強く言うほど、『KURAU』になじんでいるわけではないですし、
でも、何も言わないのは、時間の無駄な気もするし……」


祥吾はそこまでを話しながら、カップを下に置いた。

隣には、ひかりが残した空のカップがある。


「何をぼやいているんだ。『ボルノット』を辞めて、東京に来て、
せっかく、『KURAU』という場所がお前を受け入れてくれたんだ。
このチャンスを生かすも殺すも、最上、お前次第だぞ」


佐竹の励ましとも、叱咤とも取れる言葉に、祥吾は『はい』と返事をした。





『立花……』


ひかりは電車の中でも、この名字を何度か思い返していた。

自分が要に『キープ』だと思われていたことにショックを受け、

それならばと勢いで入会しそうになったこともあるが、

やはり『見合い』というものに入っていく人の気持ちは、

どこか似ているのかもと思ってしまう。

付き合ってきた女性と別れたことで、祥吾は『見合い』という別の出会いに、

次の思いをかけたのだと、事情を説明されていないひかりは、

同情に近いような感情を持つ。

最上さんが、次こそ素敵な相手に出会えたらいいなと思いながら、扉近くに立ち続けた。





「それじゃ、教授、また」

「おぉ、しっかり頑張れ」


祥吾は自分のバッグを持ち、立ち上がろうとした。

すると、テーブルの下に、ウサギのイラストがついた、小さなノートを見つける。

祥吾はかがみ込んで手を伸ばし、ノートをつかんだ。


「どうした」

「いや、ノートが」


祥吾がそれを佐竹に見せると、『自分のではない』と手を振られた。

確かにこれを教授が持っていたらおかしいだろうと思いながら、祥吾は中を少し見る。



『あさいひかり』



端が少し切れかかっている、古そうに思えた小さなノートは、ひかりのものだった。

ひらがなだけの、しかも鉛筆書きの名前というところから、

これが幼い頃のものであることがわかる。


「あの社員さんのか」

「みたいですね。なんだかひらがなで名前が書いてあります」

「ひらがな」


佐竹が興味ありそうに見たので、祥吾はノートを渡す。


「おぉ……」


佐竹は数ページをめくると、ノートを祥吾に戻す。


「最上、『KURAU』には、文房具に夢を持つ社員がいるぞ。
お前もきっと、仲間になっていける」


佐竹はそう言いながら、カップを片付けだした。

祥吾は『俺がやります』と手伝おうとする。


「いいから、いいから。お前はそれを彼女に早く返してやれ。
きっと、大切にしているものだろう」

「あ……はい」


祥吾は『それではまた』と佐竹に言うと、ノートを持ったまま部屋を出た。

階段を歩いていると、佐竹の言った『夢を持つ』という言葉が気になり出す。

ひかりの落としたノートを開き、ページを少しずつめくっていく。


『だいすきランキング』


めくったページには、文房具のランキングという項目が書いてあって、

自分が使ってどんな感想を持ったのか、友達はどれを使っているのかなど、

子供目線ではあるが、何やら色々と工夫がされてあった。

自分では考えつかないようなことが書いてあるのがおもしろくて、数枚めくるが、

祥吾は、ひかりのものだと言うことを思い出す。

隠れて、プライベートをのぞき見している気がしてノートを閉じた。


「ランキングか……」


祥吾は、そういえば、ひかりが文房具が大好きだと言っていたことも思い出す。

自分のカバンにそのノートを入れると、階段を1段ずつゆっくりと降りていった。


【5-1】





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