episode4 『体育教師と音楽教師の裏の顔』

episode4 『体育教師と音楽教師の裏の顔』

「はぁ……」

「……」

「んっ……気持ちいい……」

「……」

「あ……もっと、もっと強く……あん、杉原先生!」

「百合……力入れないでって……俺の方が辛くなる」


百合は目を閉じ、吐息混じりの色っぽい声を出す。俺と百合は同じ高校の教師同士。

学校や生徒に付き合いがバレたくないという彼女の思いから、どんな時でも、

彼女は俺のことを杉原先生! と呼ぶ。


どんな時でも、……そう呼ばれるんだよね。


「……ねぇ、お願い、もっと……もっとってば……」

「百合……そろそろ……俺が限界だって……」

「いや、まだダメ! お願い……ねぇ、まだダメ……」


そうは言われても、こんなこと永遠に続くわけないだろうが!





「あぁ、ダメだ!」


俺は百合のそばを離れ、ベッドに横になる。

「うぅーん……」


そばには悔しそうな百合の顔があり……。


「杉原先生、体育教師でしょ。もっと頑張ってくれると思ってたのに」

「簡単に言うなよ。もう両手がしびれて……」


なんという肩こり。男の手で必死に肩もみしているのに、

ご本人にはものすごく不満が残るらしいのだ。時計を見ても、20分は頑張っていた。


「ねぇ、もう1回……して?」

「ダメ、そんな甘えた声を出しても、もう腕が言うこときかない。
マッサージにでも行ってこいよ。これ、普通の肩こりじゃないぞ」

「体育の先生でしょ!」


それってさぁ、ムチャクチャな理由だと思いません? たしかに体育教師ですけど、

マッサージ師じゃないんだぞ。力を使えば済むってもんじゃないだろうが。


「体育教師の免許と、マッサージ師の免許は別です」


正月の餅みたいにすぐに膨らむ彼女の頬。でもさ、百合。

君だって音楽教師でピアノは得意だけど、三味線ひけって言われたら弾けるのかって!





……もちろん、言いませんよ。怒られるから。





「ちょっと頑張り過ぎちゃったのかな、今回……」


正月は互いに実家で過ごしていたので、クリスマスから、会うのは久しぶりの今日。


「ずっと家でピアノ三昧だったの。学校だけじゃ、物足りないし、
マンションにはピアノなんて置けないし……」

「そんなに弾かないといけない理由があるの?」


ベッドに横になったまま、しびれた手を自分でもみほぐす。


「年明けにね、同級生に会ったのよ。彼女は楽団に入って毎日弾いてるでしょ?
なんだかすごく自信に満ちあふれていて……」

「……」

「ショックだった。学生時代は私の方が成績良かったのに、
取り残されているみたいな気がしたの」


百合は俺の方を向き、顔をのぞき込むようにする。


「ねぇ、杉原先生、私、教師に向いてるのかな……。いよいよ担任を持つと思ったら、
なんだか逆に心配になってきて……」


自分の気持ちに素直なまま、そばにある彼女の顔を引き寄せ、キスをする。

教師に向いているのかどうか……今、すぐに判断しろと言われたら難しいけど、

俺の彼女には、メチャクチャに向いていることを伝えてやりたい。


そのキスを跳ね返すように人の体を遠ざける百合。


「杉原先生、真剣に聞いてないんでしょ。もういい……」

「……百合」


彼女の大きな瞳から、スーッと涙の線が走る。そんなに思い悩んでいるなんて、

考えてもみなかった。


「教師、イヤなのか?」


だったら嫁さんにでもなる? なんてふざけて聞こうものなら、

また怒り出すだろうと思い、そのセリフはしっかりと四つ折りにして、

胸の奥にしまい込む。


「イヤじゃないわよ。学生もかわいいし……」

「かわいくないのも多いけどね」

「先生方もみなさんいい人で……」

「見かけだけのヤツもいるけど」

「……」





はい……すみません。





「なりたかった職業の一つだもの、教師。でも……」

「ん?」


百合は肩を上げ下げしながら、話を続ける。

「たまに、音楽なんてどうして勉強しないといけないんですか……なんて
聞かれることもあったりして……」


教師になった人間なら、一度は通る道なのかもしれない。

自分の教え方は正しいのだろうかという壁。


「なぁ、百合。ちょっと出かけようよ」

「……どこへ?」





俺は彼女を連れ、バッティングセンターへ向かった。

親子連れや、友達同士など、それなりに繁盛しているように見えるんだけど……。


「いい? 最初は見ていて……」

「うん……」


一応野球部に所属していたこともあり、それなりに金属音が響いていく。

百合は3姉妹の次女。こんなバットの音なんて、聞いたことないのかもしれない。



『いやん……杉原先生! すごく格好いい! ううん、いつも格好いいけど、
今日はもっと素敵!』



なぁんちゃって。百合ちゃん、見てる? ちゃんと見てるかな?


「そのカーンって音、シのフラットね」

「……は?」


百合は目を閉じ、金属バットの音に集中しているように見える。

あれ? なんで目を閉じてるんだ? そう思いながら、俺はまた次の球を打ち返した。

タイミングがズレ、ちょっとだけ腕がしびれてしまう。


「今のはソ。ちょっと外れたでしょ」


あぁ……これが『絶対音感』ってやつか。聞いた音をすぐに音符に変換できると言う。

さすが、音楽教師。すごいな百合、格好いいよ……。


いや、まて。ここで俺が驚いている場合じゃないんだって。

1球も逃すことなく打っている、俺に驚けよ、百合!


結局俺は、『シ』だか『ソ』だかを20球打ち、バットを彼女に手渡してみる。


「何?」

「打ってみろよ、気持ちいいよ」

「打てないもの」

「空振りでもいいんだよ。集中して……」


百合は不満そうな表情のまま、ボックスに立つ。身構える前に、

1球が横を通り過ぎていった。


「……やだ、速い」

「振ってごらん」


何度か空振りをしながらも、だんだん夢中になっていく百合。そして……。


「あ!」


にぶい音だったが、初めてバットに当たった。驚いたように俺を見る目が、

とても輝いている。


「ねぇ、楽しいかも!」

「だろ?」


結局俺たちは、予想以上に長い時間、バッティングセンターにいることになった。


「体を動かすって楽しいだろ」

「うん、久し振りに思い切り……あ、なんだか肩も軽くなった気がする」

「そう……ならよかった」


隣にいる百合の手を握り、川沿いの道をゆっくりと歩く。


「それがわかってもらえたらいいと思ってるんだ、俺」

「エ?」

「体育もさ、受験には関係ないし、出来ても出来なくても人生でたいして
影響ないかもしれないけど、体を動かすって楽しい……とか、いいことだって、
そう学生達が思ってくれたら、それでいいんじゃないかって……」


百合が悩んでいた答えのヒントを、俺なりに彼女に伝えていく。


「音楽もそうじゃないのかな……」

「……」

「心が豊かになったり、気持ちを切り替えられたり……スパイスなんだよ、きっと。
そんなふうに気楽に考えたら?」

「……うん」


つないでいた手を外し、百合は腕をからめてきた。


よし、これでこのあとの室内運動も、予約されたようなものだよね! ね、百合ちゃん!


……ちょっとだけ、歩くスピードUP!

ランニングじゃあまりにもだから、競歩の選手のように……。

百合! 20分の肩もみ代金分も、しっかり払ってもらうからな!



はぁ……幸せが待っているって……素敵だ。





新年が明けた学校。年末に決定していた百合の臨時担任が発表された。


「……ということで、残り3ヶ月を遠藤先生に入っていただこうと思いまして……」

「遠藤です。実力不足でご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」


職員室で頭を下げ挨拶をする彼女。誰よりも大きな拍手で声援を送る俺。


「じゃぁ、杉原先生。今日の放課後に、1年担当の会議を開きましょう」

「……はい」


1年1組の担任。今年46歳になられる独身の林先生が、俺たちにそう告げた。

林先生、言われなくたって、俺は全力で百合を応援してますけど……。


「遠藤先生、2組は比較的きっちりしたクラスです。中学から入ってきた子達も、
学校に慣れ、だんだん受験を意識し始める時期ですから、しっかりとお願いしますね」

「……はい……」


学生達の個人票を懸命に見ながら、返事をする彼女。


「遠藤先生。あんまり気合いを入れすぎない方がいいですよ。肩こりひどくな……」


まずい、そんなこと言っちゃいけなかった……。はい、はい……そんなに睨むなよ、百合。

わかってますって。


「杉原先生は、もう少し厳しくされてもいいんじゃないですか?
3組の生徒は、どうも浮ついていて……」

「すみません……。あいつら、元気は元気なんですけどね」

「元気だけじゃ世の中生きていけません。女性は女性らしく。私なんかねぇ、
お茶だのお花だのって、この頃に習い始めたんですよ。たしなみっていうのかしら……
今の子は……」


林先生の話って長いんだよな……。女性としてのたしなみが出来ているのなら、

どうしてまだ、嫁さんに行かないんですか? 言ってみるか? いや、やめておこう……。

また説教が長引くから。


「林先生、結構降り出してきましたよ……ほら……」


外は風も強く、大荒れの雰囲気を見せ始める。説教を切るためなら、

自然災害でもなんでも使ってやる!


「まぁ、そうよね。あんまり遅くなったらよくないわよね。うちの方、道が暗いのよ……。
女性が一人で歩くのは結構ドキドキするような……」


暗闇の中から、あなたが出てくると思う方が、ドキドキしますけどね……俺。


「何かありましたら、ご相談させていただきますので、よろしくお願いします……」


最後に百合が、頭を下げ、初めての会議はこうして解散になった。





「おはよう、杉っぺ」

「おう……」


3学期初めての朝がやってきた。職員室で名簿を取り、担任がそれぞれ教室へ向かう。

俺は2組の名簿を取り、彼女にさりげなく手渡した。


「ありがとうございます……」

「うん……」


ここが職員室じゃなかったらさ、思い切り抱きしめちゃって、

キスして応援しちゃうんだけど。


少し前の百合の背中を見ながら、同じ廊下をまっすぐに進む。


「百合先生! おはよう!」

「……おはよう……」


2組から、男子生徒が飛び出して、彼女の手を引っ張っていった。

なんだ? あの喜びようは。


2組、2組……変なやつはいなかったっけ? 北村2号みたいなやつは……。

えっと、桜田、島津、瀬戸……


「杉っぺ……どこまで行くんだよ」

「……ん? あ、ごめん」


まずい、ついつい足が2組へ向いていた。俺は慌てて3組へ戻る。

ものすごい歓迎ぶりが、壁の向こうからガンガン伝わってきております。


「杉っぺ、熊沢先生。体調不良だって?」

「あ、うん……そうなんだ」


俺はいつものように出席簿をめくり、日付を書き込んでいく。百合、落ちついて頑張れよ!


「いいなぁ、2組。百合ちゃん担任だって!」

「……」

「あの声で毎日坂井君! って呼ばれたいなぁ……」


ニキビ面、前歯虫歯の坂井め! 百合にものを頼むなんて、30年くらい早いんだよ!

お前らの担任は、間違いなく俺だからな。

体調不良になっても、はいつくばってやり遂げてやる!


「ほら、席に着け! 坂井、坂井、坂井……これでどうだ!」

「……んだよぉ、杉っぺじゃなくて、百合ちゃん! 百合ちゃんに言って欲しいんだよ」

「そうだよなぁ……」


百合ちゃん、百合ちゃんって気安く呼ぶな! 全く、こいつらまで浮かれやがって……。

2組の男達。汚い手で触るなよ。





とりあえず一日目終了。百合はニキビ怪獣の魔の手から、無事に職員室へ戻る。


「どうでしたか? 2組の生徒は……」

「はい、みんな笑顔で迎えてくれてよかったです」


あーぁ……ここにもいたよ、インテリ怪獣『ボンボン松居』

お前は2年だろ。1年は1年でスクラム組むから、いちいち来るなよ、ここへ。


「何か困ったこととかあったら、いつでも相談に乗りますよ」

「……あ……ありがとうございます」


野中のラブレター事件以来、どうも松居は勘違いをしているようだった。

お前なんかなぁ、百合の中にはこれっぽっちも入ってないんだって。

嫌味な視線を松居に向けていると、携帯にメールが届く音がした。

『ダースベーダー』じゃないから、お袋じゃないし……。

そんなことを思いながら開いてみると。



『杉原様 DVD延滞料金について……』



ん? 何借りた? ここのところの自分の行動を、あれこれ思いだしてみる。

あ! あれだ! あの……主演女優がかわいい、R指定の素敵な『文学作品』だ。

どこにしまったっけ……。そんなふうに考えていると、もう一つメールの印が点滅した。



『すごく緊張したけど、隣に杉原先生がいると思って、頑張った。
ねぇ、今日は、話したいことがたくさんあるからね』



俺は目の前に置いてあるカレンダーを見る。今日は金曜日。

百合ちゃんの『お泊まりデー』じゃないですか!

まずい……、地雷が埋まったままなのに、百合が踏んだら大変なことになるぞ。

普段使わない頭を、高速回転させ、計算する俺。


俺が帰ってから、百合が来るまで、いつも時間差は1時間。

その間に地雷処理を完了しなければならない。

視線を動かすと、楽しそうに帰り支度をしている百合の顔。

あの顔が般若になるのは、見たくない。


どうする……俺。 

とにかく行動だ。悩んでいる時間なんてない! ここを乗り切らなければ。





そして結果は……神のみぞ知る。





杉原、お前の下の名前はなんなんだ!……

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コメント

非公開コメント

杉っぺの考えることは・・・

純情な百合ちゃんがこんなことv-399
って知ってましたよ(爆)

フフフ相変わらず百合ちゃん第一主義の杉っぺ。可愛いな~~

ニキビ怪獣も、ボンボン松居もなんのその!
R指定のDVD早く見つけて隠せプー!(*≧m≦)=3

楽しい時間が続きますように祈ってますyoni-205i-185 

百合ちゃんだけ!

yonyonさん、こんばんは!


>フフフ相変わらず百合ちゃん第一主義の杉っぺ。可愛いな~~

そうそう、何があっても、百合ちゃんが一番!
な、杉原なのです。

幸せな二人は……おそらくこれからも続くのでしょう(笑)

ご自由にどうぞ

mamanさん、こんばんは!


>杉原先生、笑かしてくれるだけじゃなくて、
 いいこと言うじゃんと思ったとたんに
 鼻の下ノビノビになってるし・・・。

そうですよ。杉原はただ笑わせている訳じゃないんです。
って、本人は笑われていると思ってないし(笑)

表面的に、かっこつけていても、
心の中は、みんな杉原のような感じじゃないでしょうかねぇ……


>それから地雷の撤去は失敗したんじゃないかってね・・・
 その方が面白い~。

ご自由に妄想、空想で、変化をつけてやってください。
失敗しても、成功しても、杉原は杉原でしょう。

杉原にかかってます!

yokanさん、こんばんは!


>杉っぺの心の声が、笑いを誘うのよね~^m^
 のっけの赤面場面を連想さすような展開にも爆笑でした。

ありがとうございます。
杉原の妄想っぷりと、ちょっとテレッとなる内容だけの
作品ですから(笑)

こんな状態のお話で、いつかは終わるんでしょうか。
ちょっと心配な私です