5 足りないところが多すぎる! 【5-4】


【5-4】


その頃、社員食堂でランチをしていた祥吾たちの間でも、

話が同じ方向になっていた。

雄平は、その失敗があって、しばらくひかりが沈み込んでいたことを話す。


「あいつなりに気にしたのでしょうけれど、それは仕事に逆効果だと思って。
お前らしくいつも明るく頑張っていろと、そう励ましました。
上司が……あ、今の吉川部長の前任ですが、ちょっと嫌みの強い人で、
浅井は、よく『須美川の奇跡』って言われていましたから」

「『須美川の奇跡』?」


祥吾は昨日、大学で話をしたときに、

『須美川の奇跡』という言葉が出ていたことを思い出す。


「はい。失敗をすると『奇跡もここまでか』とか言うし、いいことをすると、
『須美川のようにたまには役に立つ』とか……」


雄平は、ひかりがそんなことを言われても、笑って必死に聞き流していたと、

当時のことを振り返る。


「そういえば、昨日も浅井さんが口にしていたよ。須美川のって。
それはどういうことかと聞こうとしたら、教授に呼ばれて……。
で、聞くことも忘れていたけれど」

「あ、そうですか……。『須美川』っていうのは、会社の裏にある、
小さな川のことです」


雄平は、企画部の窓から下を見ると、小さな川が流れているのだと説明する。


「そうなんだ、見たことはないな」

「ないですよね、北側なので、窓はほとんど開けないし」


雄平は、まだ『KURAU』が今ほど大きな企業ではない頃、

この建物も鉄筋では無く、木造だったことを話した。

そこでいきなり火事が起こり、道の整備も進んでいなかったため、

消防車が入ってくるまで、時間がかかったと話す。


「新しい商品のために書いた設計図や、残してある商品も燃えてしまうと、
当時の社員達が考えて、そばに流れていた須美川の水を、必死にかけたと……」


偶然、火元が川の近くだったこと、さらに1階だったこと、

そういう偶然が重なったことはあるが、須美川の水をかけたことで、

燃え広がることなく、被害が最小限に済んだという話が、『須美川の奇跡』になる。


「人事部長に入社式で言われたそうです。幼い頃からの文房具への夢を熱く語って、
それで入社した君は『須美川の奇跡』と同じだよと。
まぁ、あいつにしたら、エピソードとして自己紹介で話したのですが、
上司がそんなふうに使うから、入社してもしばらくはおろおろしていて……」


『文房具への夢』という部分は、ノートを拾った祥吾にも納得が出来た。

仕事は頑張ると宣言していたひかりの姿も思い出す。


「だから大事な資料を忘れたと電話をもらって、このままになったら、
あいつ、辞めるんじゃないかと……。まぁ、なんとか出来ましたが」


雄平は、『第2企画部』の仲間が全員、ひかりのために他の仕事をフォローしたと話す。


「もちろん、チームですからフォローは当たり前ですけれど、なんですかね、
あいつは自然体だからか、人に好かれるというか、先輩もみんな率先して動いてくれて。
嫌みな上司から守るように……」

「守る……」

「はい。しょうがないなとか、全くなんて言いながら、全然悪い雰囲気もなくて。
取引先でも、結構、好かれるんですよ。名前もすぐに覚えてもらえて」


祥吾は雄平の話を聞きながら、佐竹と楽しそうに話をしていたひかりのことを思い出す。


「あぁ、そう。昨日も、うちの教授と、初めて会ったらしいのに、
楽しそうに会話していた」

「そうなんですよ、仕事が際立って出来るわけじゃないんですけどね。
おもしろいことに」


雄平はそういうと、『失敗は、人より多いです』と、念押しする。

祥吾はひかりの雰囲気を思い返し、『そうかもしれない』と言葉を返した。





ひかりたちとの会話をきっかけにして、

祥吾が『KURAU』に入社し、そろそろ1ヶ月という頃には、

少しずつ新しい『第2企画部』の形が出来始めてきた。

部長の吉川は、以前と同じようにトップに立ち、あがってくる企画に対してサインを書く。

その前に祥吾が部員からの意見を聞き、別行動を取っている仲間の中でも、

一緒に組んだ方がよさそうな相手を探し、

組み合わせるような作業も請け負うことになった。


「ペンの改良を考えている中で、以前、
ノートでお世話になった業者のアイデアが必要になったりするんだ。
となると、相手を知っているメンバーが、話し合いに加わった方がいいだろう」

「へぇ……そういうパズルのようなことを、祥吾がしているわけか」

「まぁ、俺だけがあちこちの話し合いに参加させてもらって、
みんなの課題を聞いているところがあるからね」


自由に動ける立場にあり、課題を直接抱えていないため、

メインと言うより、どこか縁の下の力持ちという現在の仕事内容に、

祥吾自身が一番ほっとしていた。

最初は祥吾の存在を煙たがっていた高坂も、コーヒーを飲みながら話しているうちに、

少しずつ気持ちを開いたことがわかるようになる。


「はぁ……」


祥吾は不動産屋から届いたメールを読んだ後、大きくため息をついた。

1ヶ月の猶予ということで待っていた『引っ越しの物件』が、

結局見つからないままになっている。


「何、ダメだって?」

「あぁ……」

「無理に越す必要はないだろうが。預けている荷物もさ、
必要なものだけこっちに送ってもらって。で、いらないものは処分すれば?」


勇也は、電化製品などリサイクルで売ればいいと、そう言いはじめる。


「会社から、どうしてこうなったのかとこの間、聞かれたんだ」


祥吾は、違法建築などの話を説明したことを話す。


「あまりにも考えられないような出来事だろ。家賃がこれくらいだと申請してあったから、
それが急に親戚の家に入っていることがわかって。
どこかで怪しまれているのかもしれない」

「怪しまれる?」

「うん……本当は最初から親戚の家に世話になろうとしていたのに、
家賃補助だけ受けようとしたのか……とか」

「あぁ……そういうことか」

「だから、業者に話してあるから、1ヶ月くらいで越すつもりですと言ったし」


祥吾は両手を頭の後ろで組み、大きくため息をつく。

『再出発をした』とは言い切れない状況が、気持ちを重くしてしまう。


「まぁ、でもそうだよな。ここでは祥吾の自由がない。
いい女見つけても、連れ込んで倒せないし……」


勇也は『そうだよな』と勝手に理由を導こうとする。


「今川家は父親といい、息子といい……」


祥吾は『そんな理由じゃない』と笑う。


「ここにするかな……正直、店が下にあるのは嫌なんだけど」


祥吾はそういうと、送られてきた間取りの紙をテーブルに乗せる。


「何……祥吾の基地はどこかな?」


勇也はそのプリントをつかむと、条件を読み始める。


「へぇ、結構広いし、駅からも近いね」

「あぁ……ただ、大家の個人物件だから期間は2年限定だ。
しかも、下に小料理屋だの、水道工事だの店舗がある」


祥吾は、店舗が下にあると、人の出入りがあってうるさくならないかなと心配する。


「小料理『かをり』かぁ……いいじゃないか祥吾。一人暮らしで便利だぞ」


勇也はこっちと使い分けすればいいよと言いながら、プリントを元に戻す。

祥吾は『使い分けか』と言いながら、今度は両手を前に組んだ。


【5-5】



コメント、拍手、ランクポチ、参加をお待ちしてます。★⌒(@^-゜@)v ヨロシク♪

コメント

非公開コメント