6 どこまでご存じでしたか? 【6-1】

6 どこまでご存じでしたか?


【6-1】


ひかりは後輩の竹中から渡された広告で、初めて『ボルノット』の新商品を見る。


「何? あれ、もう新しくするの?」


高坂の怒りの意味がわからなかったひかりは、単純にそう言った。

高坂は、どこにぶつけたらいいのかわからない怒りを、新聞広告に向け、

両手でグシャッとつぶす。


「くっそぉ……信用なんてするんじゃ無かったよ」

「高坂……」


雄平は、『少し落ち着けよ』と冷静に話しかける。

ひかりは、これ以上高坂を刺激しないように口を閉じると、広告を戻した。


「最上さん、どこだよ」

「部長と一緒だろ」

「戻ってきたら、俺言ってやる」

「何言っているんだ、お前。そんな証拠ないだろう」

「聞かないと気が済まないよ」


高坂は、『ボルノット』くらいの大きな会社で、若くして開発リーダーになった人が、

そもそも辞めたことがおかしいんだと、さらに怒りを倍増させる。

ひかりは、その時に初めて、高坂の怒りの矛先が、祥吾であることに気づく。


「もう一度言う、冷静になれ高坂。お前さぁ……」

「山内さん、止める必要ないですよ、納得できないのなら聞けばいいと思います、私も」

「細川……」


智恵は、高坂の言っていることが正解だとは思いたくないが、

状況から見ても、そう判断できるところがあるからと言ってしまう。


「おい……お前まで」

「私も、正直納得が出来ていないところがあります。どういうことで会社を辞めて、
『KURAU』に入ったのか。確かに、色々とアイデを出してくれますし、
それを参考に出来ると思います。でも……」

「俺は、最上さんが、この改良を知って黙っていて、
俺たちに無駄なことをさせているだなんて、考えていないけれど」

「だからお前はお人好しで、使われるだけなんだよ」


高坂が雄平の悪口を言ったので、小春は自分のことではないのに、

その場で立ち上がってしまう。

何を言うのかと仲間の視線が流れてきたので、何も言う予定のない小春は結局座った。

ひかりは祥吾の席を見る。



『まぁ、『ボルノット』では、お前の良さがわかってもらえなかったとしても、
『KURAU』に入り直して、リセットしたんだ。1からスタートが出来る。
立ち止まった反省点を生かして、1歩前にな』



具体的に、何があったのかまではわからないが、

祥吾が『ボルノット』を辞めて『KURAU』に入ったのは、

変わりたいと思ってのことだというのは、会話の中で感じ取っていた。

その後に出てきた『立花』という女性の名前も、ついでに思い出してしまう。


「山内さん、いいじゃないですか。これから一緒に仕事をしていくのですから、
納得が出来ないのなら聞きましょう」

「浅井……」


ひかりは高坂を見る。


「私も、山内さんと同じです。
最上さんがわざと私たちに不利なことをさせているとは、思いませんし、
思いたくありません。でも……高坂さんや智恵さんの思いも、わからなくはないです」


一生懸命に取り組んできたからこそ、諦めたくないという気持ちは、

ひかりにも理解できた。雄平は高坂を見る。


「私たちの企画部に、入ろうとしてくれている最上さんの気持ちが本物なら、
納得いかないことに対して、きちんと答えてくれるのではないですか」


ひかりの言葉に、他のメンバーたちも頷き出す。


「高坂、それなら冷静に言えよ。それと……もし、違うとわかったら……」


雄平の言葉に、智恵も顔を上げる。


「二度と、そんなことを言うな」


高坂は『わかった』と頷き、智恵も頷いていく。

企画部のメンバーたちは、ここに入ってくる祥吾を待った。





祥吾が『第2企画部』に姿を見せたのは、それから10分後のことだった。

もちろん、新聞に『ボルノット』の広告が出たことも知っていて、

その内容の変化と、自分がメンバーにアドバイスをした部分に、

似たところがあったこともわかったうえで、みんなの前に立つ。

高坂は、少し時間が経ったことで口調も冷静になり、

この企画部の総意だと言い、今回の出来事を語った。


「最上さんが『ボルノット』の開発リーダーだったことは、聞いています。
アドバイスをいただいて、一緒に考えて、いいものが出来ると思っていました。
でも、こんなふうに『ボルノット』に先に出されてしまうと、
商品が出来るのは、1ヶ月程度の会議ではないこともあるので、
ご存じなのに、知らないふりをして、俺たちのやっていることを黙ってみていたのかと」


高坂の言葉を、祥吾は聞き続けた。

ひかりは、無に近い祥吾の表情を見続ける。


「教えてください。本当はどこまでご存じでしたか」


高坂の問いを聞き終え、祥吾はあらためて立ち上がった。

企画部のメンバーたちは、揃って前を向いている。

祥吾は、ひとりずつの顔を見た後、最後にひかりを見た。

ひかり本人は、祥吾に見られているとは気づいていない。


ひかりが自分の歓迎会で、崩れそうになった雰囲気を良くしようと

自ら『ものまね』のために立ち上がったこと、

『慶西大学』では、初対面になるはずの佐竹と楽しそうに語り合ったこと、

『須美川の奇跡』と言われる入社をし、嫌みな上司に気持ちを折られかけたが、

そこを乗り越え、前向きに毎日を過ごしていること、

それが全て、祥吾の気持ちの中で『一つ』にまとまっていく。



理解してもらうためには、飾らないままの自分を知ってもらう。

反応を怖がり引くだけでは、何一つ解決はしない。



祥吾は両手を握りしめる。

明るく人に笑いかけて、冗談でも言いながら食事をする。

こんな普通に思える時間の過ごし方が、祥吾には大きなハードルを乗り越えるくらい、

難しいものになっていた。

もちろん、最初から一人を好んだわけではない。

新しい文房具に挑戦できると思い入社した『ボルノット』でも、

1年目はそれなりに輪を作ることが出来た。

しかし、2年目に取った社長賞が邪魔をして、壁が出来てしまう。

祥吾自身が作ったわけではないが、周りからの期待度が変わってしまい、

『須美川の奇跡』と上司に嫌みを言われたひかりとは逆に、

『社長賞』だからと、何かをすれば常に、その冠が付けられた。

そういった上司の言葉を受けた仲間の目が、少しずつ冷たいものに変わる。

ならば実力で人の上に立ち、余裕を持っているべきだと思うようにしたが、

何かを発言すると、『さすがに自分たちとは違う』など余計な一言がつけられた。

新しいことだから一緒にやろうと口にしても、周りはその誘いに乗ることがなくて、

だんだん誘うこと自体が面倒になり、単独を好むようになる。

最後まで溝は埋まることなく、埋める行動を起こさないまま、祥吾は退職願を提出した。

そうなったのは周りが悪くて、自分自身は問題がないと思い『ボルノット』を出てきたが、

『KURAU』に入り、新しい仲間との距離感を見ているうちに、

結局、自分自身が心をオープンにしなかったから、

孤独になったのだと考えるようになる。


「わかった。まず、最初に話しておく。
今回の『ボルノット』が出した新商品について、俺は何も知らない」


『何も知らない』という言葉に、『それはないだろう』という視線と、

信じられないというざわつきが、企画部の中に広がった。


【6-2】



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