6 どこまでご存じでしたか? 【6-3】


【6-3】


「俺は……入社してからずっと、『スライドペン』に関わってきました。
チーフとかになれるほど優秀ではないので、業者とも何度も話し合いを重ねて、
やっと商品化したものです。『KURAU』が昔から大事にしている、
質の良さを最大限に生かしたくて。それを……単なる『ボルノット』の後追い商品や、
機能の欠けた二流品の扱いに、して欲しくはないんですよ」


高坂はそう言い切ると、祥吾を見る。

高坂の悔しさは、同期の雄平が確かに一番知っていた。

『スライドペン』が売り出しになると決まった時の高坂の喜んだ顔は、

今でもすぐに思い出せる。


「商品開発をしてきたのは、俺も一緒だ。だから、そういう気持ちはもちろんわかる」

「だったら……」

「今、説明をしたいところだけれど、1週間時間が欲しい」


祥吾は、『後追いになってもいい理由』を、

きちんとみんなにわかってもらえるような説明をするために、

時間が欲しいと言い始める。


「今、高坂さんが言った通りだ。『KURAU』の『スライドペン』だからこそ、
後追いになってもいい理由が存在する」


ひかりは祥吾の表情が、変わったことに気づく。

申し訳ないと言っていたときの辛そうなものではなく、

今、高坂に向けている目には、確かに力があった。


「本当に……1週間で、納得させてくれますか」


高坂の言葉に、祥吾はしっかりと頷いた。

智恵は、『ボルノット』が出したこの広告の中に、どういう理由が隠れているのかと、

隅々まで読み始める。


「こんなものを作りたいと、思いながら仕事をしてきた。
みんなにもやりたいことや、考えてみたい商品もあるだろう。
それは俺にももちろんある。『KURAU』に入って、今度こそ……」


『今度こそ』という言葉に、祥吾は力を込めた。


「……意味を、感じたい」


『意味』という言葉の前についた台詞は、ひかりには聞こえなかった。

話したのか話さなかったのかもわからないくらいで、

それでも、『何を言ったのですか』とは誰も聞けない。

ひかりは覚悟を決めた祥吾の台詞を聞いても、

どこか冷めているような企画部の雰囲気を感じ、思わず立ち上がる。


「はい、みなさん、そろそろ朝のコーヒー飲みませんか。
しかめっ面をしていても、いいアイデア出ませんし」


ひかりは自分の机の引き出しを開き、缶に入ったクッキーを出す。


「このクッキーで糖分を取って、今日も元気に頑張りましょう。
こちらの質問の答えは、1週間後には聞けることになりましたから。
ほら、高坂さん、ブラックでいいですか」

「……ん? あ、うん」

「はい、後ブラックの人は……」


ひかりは企画部12名の好みを知っているため、ブラックが何人、

カフェオレが何人と、その場で数え始める。


「小春、これ、配って」

「あ……うん」


小春はひかりに言われた通り、缶を受け取り、ティッシュを使いながら、

それぞれにクッキーを配り始める。

祥吾と高坂の緊迫した空気が、ひかりの発言で崩れ始めた。

雄平は高坂に近づき肩をポンと叩くと、そのまま祥吾に頭を下げる。


「最上さん、すみません、よろしくお願いします」


雄平のフォローに、高坂も祥吾に軽く頭を下げ席へ戻った。





「いただきます」


その日のランチタイム。

ひかりと小春と智恵は、おなじみの店に入り、ランチセットを注文した。

すぐにフォークを使い始める小春とひかりに比べ、智恵は動きが遅くなる。


「どうしました、智恵さん」


ひかりの声に気付き、智恵はフォークを手に持ったが、動きは止まっている。


「何か納得できないとか?」


小春は高坂の動きに賛同した智恵に対して、そう聞いた。

智恵は、『本当にそうなのかな』と首を傾げる。


「本当に、最上さん、『ボルノット』をそんな理由で辞めたのかな。
慶西大学の大学院だよ、2年目で社長賞を取った人だよ。尊敬されるのならともかく、
無視されるなんてこと……」


智恵は、他に何かあったんじゃないのかなと声に出す。


「私は……なんとなくわかる気がします」


ひかりはそういうと、パスタを口に入れる。


「智恵さんの言うこともわかるけれど、そう思うと、色々と合致することが多いし」

「合致?」

「はい……。見合いの時も言ったでしょう。どうしてウソだとわかっていて、
受けたのかと聞いたら、『どうしてなのかな』って的外れのようなことを話したって」

「あぁ、そういえば」


小春は『そういえばひかりが怒っていたね』と笑い出す。


「それに、慶西大学で偶然会ったときも、会いに行った佐竹教授から、
『ボルノット』ではうまくいかなかったかもしれないけれどって、言われていたし」

「教授から?」

「うん……」


ひかりは『立花』と言われていた祥吾の元彼女の名前を、また思い出す。


「色々と、大変なことがあったんですよ、きっと。で、『KURAU』で心機一転って、
そう思っているのかなと……」


ひかりは、企画部メンバーの前で、頭を下げた祥吾の姿を思い出しながら、

パスタの上でフォークをクルクルと動かしていく。


「高学歴、高身長、高収入なのに、苦労しているんです……」


ひかりのつぶやきを聞きながら、小春と智恵は目を合わせる。

ひかりは回しきったフォークを、さらに回した。

パスタはスプーンの上を回り続ける。


「うん……」


小春は『コホン』とその場で咳をした。

ひかりは『どうしたの』と横を向く。


「ひかり、これも縁だからね、妙な見合いだったかもしれないけれど、
『ウソから出た誠』ってことわざもあることだし」

「エ……」

「そうそう。最初は嫌だ、工作員なんて言って怒っていたいたときから、
ずいぶん変わった、変わった」


智恵も合わせるようにひかりをからかい出す。

ひかりは『何を言っているんですか、からかわないでください』と言い返しながら、

スプーンの上で丸くなったパスタを口に入れた。


【6-4】



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