10 うちの規則を知っている? 【10-3】


【10-3】


ひかりは祥吾より先に先日の店に着くと、案内された場所に座った。

もう一人が来てから注文しますと告げると、店員はその場を離れていく。

窓から見える木々は、少し強めの風に揺れている。

15分くらい座っていると、走ってくる祥吾の姿が見えた。

ひかりは『ここです』とわかるように、少し手をあげる。

祥吾はすぐに気付き、店内に入ると迷わず向かってきた。


「ごめんな、待たせて」

「いえ、大丈夫です」


祥吾は呼吸を整えながら前に座った。

ひかりは『忙しかったのですか』と聞いていく。


「いや、帰り際に電話がかかってきて。それの対応をしていたら遅くなった。
注文は済ませた?」

「いえ……」

「そっか……」


祥吾はメニューを見る。


「最上さん、先に飲み物だけ頼んでもいいですか。
話を聞かせてもらわないと、食事をするという気持ちになれなくて」


ひかりは『私の一生』という重たいテーマが目の前にあるため、

先に内容を聞かせて欲しいとそう話した。

祥吾も、確かにそうなるだろうなと思い、

提案を受け入れ、互いにアイスコーヒーだけを注文する。


「忙しいところ悪かったけれど、知ってしまった以上、なるべく早く話がしたくて」

「……はい」


ひかりは、祥吾が何を知ったのだろうと思いながら、前を見た。

自分には現在、マイナス部分は何もないと思うものの、だとするとなぜなのかが見えず、

ひかりはただ、鼓動だけが速くなっていく。

祥吾は、出されたお冷やを数口飲む。


「うちの規則を知っている?」

「規則……」

「就業規則の中に、『副業の禁止』というものがある。それは知っている?」

「……はい」


祥吾は『そうか』と頷く。


「何か、困ったことがあるのなら、相談に乗れるかと思って」


祥吾は、自分に出来ることなら協力すると言うと、ひかりを見た。

ひかりはどうしてそんなふうに言われるのかがわからず、黙ってしまう。


「一人暮らしだと、確かに色々とあるとは思う。思いがけない出費とか、
家族の事情もあるだろうし。でも、規則は規則だ。浅井にとって、
『KURAU』は、望んで入った職場だろう。それを取られるかもしれないような、
そんなことは……」

「あの……」

「うん」


祥吾は『さあ来い』という気持ちを前面に出す。


「何を言っているのか、全然わかりません」

「ん?」


ひかりは、祥吾が何を言いたいのかがわからないと正直に言うと、

『ストレート』に話して欲しいと言い返す。


「最上さんの言いたいことがわかりません。私、何かしましたか?」


ひかりは、仕事の失敗も今はないはずだし、

忘れていることもないと思うがと、切り返す。


「ハッキリ言ってください。優秀な社員ではないと思うので、
ダメなところはたくさんあるでしょうが、それを受け入れて、
改善していこうという気持ちもありますし」

「ダメというのではないんだ。ただ……」


祥吾は『ひかりの言うとおりだ』と思い、軽く頷く。


「わかった。ハッキリ言うよ。『かをり』という小料理屋で働くことは違反だ」


祥吾はそういうと、『見てしまったから』とひかりに話す。


「この間、君が『かをり』から出てきて、お客様を送っているのを見た。
中で片付けをしていたのも見た。事情は色々あるだろうが、うちは副業が禁止だ。
知ったのに黙っているのは……」


祥吾は真剣な顔でひかりを見る。

ひかりは『きょとん』とした顔のまま、祥吾を見ていて、

言葉の意味が、伝わっているのかと疑いたくなる。


「浅井……俺は……」

「どうして最上さん、『かをり』を知っているのですか」

「お店を知った理由とかは今、考えることではないだろう。それより……」

「叔母の店です」


ひかりの出した言葉に、祥吾も出そうとした台詞が出せなくなる。

二人の間に、『アイスコーヒー』が届き、一緒にガムシロップが置かれ、

『ごゆっくり』という挨拶もおいて行かれる。


「叔母?」

「はい。『かをり』は、私の母の妹が経営しているお店です。
時々、ご飯を食べたり、まぁ、お酒も飲んだり……そうだ、カラオケもありますよ」


祥吾は『働いているわけではないのか』と聞き返す。


「働いていませんよ。副業がダメなことは知っていますし、
あのお店で華絵ちゃん以外に、働く人は必要ないですしね。
みんな、華絵ちゃんに会いたくてくるので」


ひかりは、『食事をしたついでに、手伝うことはありますが』と付け加える。


「そうなんだ……」

「はい」


ひかりは『アイスコーヒー』にガムシロップを入れていく。

祥吾は予想外の展開に、その後が続かなくなる。

ひかりは一人でアイスコーヒーを自分好みに完成させ、ストローをグラスに入れた。

少し吸い込み、テーブルにグラスを置くが、

祥吾からは、続きの言葉が出てこない。


「エ……もしかしたら、話ってそれですか?」


ひかりの言葉に、祥吾は小さく頷く。


「本当に?」

「うん……」


祥吾は、『食事のセッティング』までして、

悩みがあるのなら聞こうという姿勢まで取ったのに、

ただのはやとちりだったのかと、言葉が出なくなる。


「ふぅ……」


ひかりの吐き出す息の音が聞こえ、祥吾は前を向く。


「あ、でも、浅井がお店から出てくるのを見ただろ、中で会計をしているのも見た。
これは副業をしているなと考えたんだ。で、もし会社にばれたらって……」


ひかりは数秒間黙ったままだったが、『私の一生』という言葉が、

こんなふうにつながってくるのかと思い、おかしくなる。


「あぁ……なんだ、もう。最上さん『私の一生』だとか言うから、
何が起こるのかとずっと仕事中も考えてしまって。今日は全然集中できませんでした」


ひかりはほっと出来たことと、祥吾が『自分を心配してくれた』ことが嬉しくて、

笑いが止まらなくなってしまう。

祥吾も、緊張していた気持ちが急に解き放たれたため、驚きや安堵を通り越し、

とにかくおかしくなった。

向かい合った二人が、何やら笑い続けるという展開に、

そばで食事をしている人たちが、何度も視線を送ってくる。


「あぁ……ごめんなさい」

「いや、確かに笑える」


祥吾とひかりは互いに大きく息を吐き、そのタイミングがまた揃ったことで、

さらに笑ってしまう。

それでも、数分後には静けさがテーブルに戻り、祥吾はメニューを取った。


【10-4】



コメント、拍手、ランクポチ、参加をお待ちしてます。★⌒(@^-゜@)v ヨロシク♪

コメント

非公開コメント