10 うちの規則を知っている? 【10-4】


【10-4】


「浅井がさ、小さい頃から文房具が好きだと、言っていただろ。ほら、あのノート」

「はい」

「『KURAU』に就職したくて、入ってからも、頑張ってきた話を聞いていたし。
だから、副業のことで何かあったらと……うん……でも、ごめん」

「いえ、ありがとうございます」


ひかりは『とんでもない勘違い』だけれど、その裏にある優しさが嬉しくて、

胸がきゅっとつかまれる気がした。


「最上さん、優しいですね」


ひかりは心の中から、素直にそう言ってしまう。

祥吾に届けとアピールするものではなく、嬉しい気持ちが、

呼吸と一緒に流れたように出て行った。

小さなひかりの声は、目の前の祥吾に届く。

勘違いを笑ってくれて、不器用な自分の行動を優しいと思ってくれたひかりに対して、

自然と表情が柔らかくなる。


「それにしてもそうだ。一生がどうのこうのなんて言ったら、確かに身構える」

「そうですよ。『かをり』で見かけてくれたのなら、
『おい、浅井』ってすぐに声をかけてくれたらよかったのに」

「ん?」

「私もすぐに対応できましたよ。
『あ、最上さん、ここは叔母の店です。ぜひ』って……」

「あ……そうか」


祥吾は、その瞬間、そっちの想像は出来なかったなと首を傾げる。


「ダメだろうって感情の方が先に出てしまって。
でも、浅井が副業をしなければならない事情があるのなら、
それをまず聞いて、でとか……色々と……」


祥吾の言葉に、最初は声をかけてくれたらと言ったひかりも、

声をかけられなかったことこそ、祥吾らしいと思い始める。


「よし、何か食べるか」

「はい」


緊張した時間から解放された二人は、互いに注文を済ませていく。


「ということは、あのマンションに引っ越したんですね、最上さん」

「うん。間取りが希望通りだったから、とりあえず。
いつまでも叔母がいる家にいると、またろくでもないことに巻き込まれると思って」


祥吾はそういうと、メニューを立てかける。


「ほら、浅井も知っている、あの『みらいず』」

「あぁ、はい」

「『スポット』の写真、あれもその関係なんだ」


祥吾は、高坂に聞かれた時には、相手のプライバシーもあるため言えなかったけれど、

ひかりは『みらいず』に無関係ではないため、写真のことを話し始める。


「滝川さんも、『みらいず』に申し込みをしたみたいで。
浅井のことがあって、俺は叔母に退会してくれと頼んで、
目の前でちゃんと処理させたつもりだったけれど、またおかしなことをした」

「おかしなこと?」

「うん……なんなんだ、あれ。何度も出たり入ったり出来るらしい」

「再入会ということですか?」


ひかりは少し考える仕草をする。


「細かくはわからないですが、叔母さんが内部の人なら、
確かにどうにでもなるような……」

「あぁ、そうか、そうだよな」


祥吾は『どうしようもないな』と呆れた顔をする。


「叔父が経営しているレストランを、彼女が取材することになって、
偶然、店で会ったんだ。そのときに『みらいず』の話をされて、
で、俺は浅井とダブルブッキングしたのかと……」

「『ダブルブッキング』? それはあり得なくないですか。
『みらいず』のエントリーシートの相手欄、一人しか書けなかったはずだし」


ひかりは、以前見たシートのレイアウトを思い出す。


「そうか……最上さん、申し込み欄も見ていないんだ」

「うん。そう、そうなんだ。結局、ダブルブッキングではなかったけれど、
でも、迷惑をかけてしまったと思って、で、謝罪のために会った。
あれはその日の写真なんだよな」


祥吾は、あんなふうに雑誌に載ると、『いかにも』になってしまうと、

不満そうに語る。


「お付き合い……しているわけじゃ、ないんですか」


ひかりは自分の感じた疑問を、そうぶつけていく。


「いやいや、全然。俺はあんまり……」


祥吾は言いかけた台詞を、一度引っ込める。

ここで和花の対応を語ることは、よくないのではないかと思い言葉を止める。


「そうなんだ……。
私は、以前ここでお見合いの日のことを最上さんが謝罪してくれたのは、
滝川さんとのお付き合いがあるから、それで誤解のないようにしようと、
謝ってくれたのかななんて思っていて」

「いやいや、全然違うよ」


祥吾はひかりを見た後、『勘違いされたくなかったから……』と話す。


「浅井が、あの日の出来事を申し訳ないと思い続けていたら、
毎日会社で会わないとならないのに、やりづらいだろうと思ったし、
俺なりに考えたというか……自分の方にも悪いところがあるのに、
しらんふりは、誠意がないだろう」


祥吾はそういうと、お冷やを飲む。


「そうなんだ……」


和花とは何も無いという事実を聞き、ひかりは『安堵』の表情を見せてしまう。

そんな柔らかく、優しい笑顔のひかりを祥吾も見る。


「滝川さんはマスコミの女性だから、あぁいったことに慣れているのだろうけれど、
こっちは予想外の展開だし、違いますと言いたくても、誰も聞いてくれないしさ。
気にしないでくれと言われても、どうも納得できなくて」


祥吾は、『高坂たちに滝川さんの話をするのもな』と、苦笑する。


「お店の取材って言いましたよね、どこですか?」

「あぁ、イタリア料理の『カリーナ』って店。3軒都内にあるんだ」

「聞いたことがあります」

「そっか……なら……」


『それなら今度』と言おうとして、言葉が止まる。


「どうしました?」

「いや、うん」


祥吾は、ひかりを連れて行ったりすると、友則がまた何を言い出すかわからないと思い、

その場では言葉を止める。


「途中で発言を止められると、ムズムズします。何かあるんですか?」


ひかりの質問に、祥吾はそれもそうだと思い直す。


「また今度、企画のみんなと……な」

「はい。最上さんも『かをり』、是非言ってみてください。
華絵ちゃんの料理はおいしいですから」

「うん……」


ひかりはそういうと、小籠包を追加してもいいかと、笑顔で祥吾に聞いた。





『付き合っているわけではない』


和花と撮られた写真について、ひかりは、祥吾の話を信じることにした。

勘違いが重なったためと、『みらいず』がらみだったこともあって、

本当の事情を聞き出すことが出来たのだが、

そんな偶然も全て、嬉しい出来事に変わってしまう。

『かをり』から出てくる自分を見て、どうしようかと考えてくれたこと、

『一生』なんて言葉を選んで、余計に話をこじらせそうになったこと、

そんなバタバタしたエピソードも、ひかりにとってはプラスの要素になる。

自分への個人的な感情など、祥吾に芽生えているとはとても思えないが、

小春がいつも雄平を見ているように、自分にとって、

仕事をしようと思える力になればいいと、ひかりはつり革をつかみながら考えた。


「それではまた明日」

「おやすみなさい」


駅から降りて改札を出た後、ひかりは線路の向こう側に歩いて行く祥吾を見た。

これからは同じ駅を使うのだと思うと、また空想の種が開きそうになる。


「……また、明日」


ひかりは小さくなる祥吾の背中にそう声をかけると、近くのコンビニに向かった。


【10-5】



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