12 その後、どう? 【12-3】


【12-3】


「あぁ……」

「おやすみなさい」

「おやすみ」


祥吾はカバンを持ったまま、駅の方へ向かうひかりを見送る。

確かに、まだそれほど遅いと言える時間ではないけれど、駅からの距離は、

反対側に来ている分、倍になっていた。

祥吾は、ひかりの姿が見えなくなった後、ゆっくりとマンションの入り口に向かう。

やはりここは男の自分が『送るよ』と言うべきではなかったかと思いながら、

自分のポストを開け、ちらしなどを取った。

水回りを直しますというマグネットや、クリーニング店の割引券、

住宅情報のちらし、ピザ店の広告などが数枚入っている。

祥吾はそれを全て左手に持ち、エレベーター前に立つ。

すると、携帯電話を耳に当てながら歩いてきた中年の女性が、

自分のポストを開け始めた。

祥吾は、聞くつもりがないまま、女性が知り合いとしている会話が耳に入ってくる。


「そうなのよ、本当に驚いた。なんだか不審者が出たらしくて……」


エレベーターのボタンを押そうとした、祥吾の動きが止まる。


「なんだか、女性に後ろから近づいて、いきなり抱きついたとかで……いやよねぇ。
暑くなってきたから、薄着になるでしょう、こういう時期は……」


祥吾は『不審者』『女性に抱きついた』という言葉に反応し、体を方向転換した。

電話の女性とぶつかってしまい、『すみません』と謝罪する。

中年女性は、なんなのこの人はという視線を送りながら、祥吾を見る。


「今、マンションの人だと思うけど、急にぶつかってきて。エ? あぁ、不審者?
違うわよ、家の近くじゃなくて職場の人が話していたの。でも、捕まったわよ」


中年女性は、自分の職場周りで、『不審者』が出た話を、

知り合いとしているだけだった。

そこを聞かずに飛び出した祥吾の頭の中は、

『不審者』がこのあたりで出たのだと疑わないまま、少し前に別れたひかりの後を追う。



『不審者が後ろから女性に抱きついた』



ひかりが、楽しそうに歌でも歌いながら歩いていたら、

男が近寄ってきても気づけないのではないか、さらに後ろからでは、

いきなり口を塞がれることもある。

正面から、不審者が雰囲気を隠して、『すみません』と道でも尋ねることもあるし、

そんな時、人のいいひかりのことだから、親身に答えてしまうのではないかと、

想像だけが大きく膨らんでいく。

右手にカバンを持ち、左手にポストから取り出したちらしを持ったままの祥吾は、

お酒を飲んでいることも、自分が少し酔っていることもすっかり忘れ、

とにかく駅に向かって、必死に走った。

すれ違う人が、何をこの人は急いでいるのかという表情で振り返るが、

祥吾には全く目に入らない。

男と女の走力の差で、駅に着くまでで会えるのではないかと思っていたひかりの姿は、

人混みの中に発見できない。



『不審者……』



もしかしたら、今走ってきた間に出てしまったのだろうかと、

祥吾は来た道をまた戻ろうとする。

でも、もう少し前にひかりが進んでいたらどうなのかとも思えてきて、

そこからどっちに足を動かしたらいいのかがわからなくなった。

あちこちを必死に見ていると、少し頭がふらつく感覚が襲ってくる。

それでも、さらに電車が到着したのか人が増えたので、

この中に不審者が紛れ込んでいるのかと、視線をあちこちに向けてしまう。

塾帰りの子供に一度カバンをぶつけられ、

携帯を見たまま歩いている女性がぶつかりそうになり、『邪魔だわ』という顔をされる。

その時、『キャー』と女性の声がしたため、祥吾は声の方に向かった。

駅から1つ向こうにいった道路。

周りの人たちも視線を向けた先では、車にぶつかりそうになった女性と、

それをよけたドライバーとが、何やら言い合っている。

不審者ではなく、『そっちが悪い』と言い合っている二人の横を抜け、

さらに人の流れがある方に向かおうとした時、突然、気持ち悪さが襲ってきた。

さらに、頭がグルグルと回る気がする。

その時、どこからか『最上さん』と呼ばれた気がして首を動かした。


「最上さん……どうしたんですか」


数メートル離れた場所から、祥吾を見つけ、歩いてくるのはひかりだった。


「浅井……」

「あれ? どうして……」


祥吾は『間に合った』という思いのままひかりに近づこうとするが、

頭が割れるように痛くなり、ちらしを持ったままの手で頭を押さえると、

その場で動けなくなる。

『最上さん』という自分を呼ぶ声と、ざわざわした雰囲気はわかるものの、

自分が答えようとして声を出そうとしても、口を開くと、気持ちの悪さから、

違った意味で問題が起こりそうな予感がしてしまう。



『不審者がこのあたりに出ているらしい』



だからここまで来た、問題がないのならよかった。

祥吾は自分の頭の中だけで、この言葉を繰り返す。

少し遠い場所で、誰かの声が聞こえ、『すみません』とひかりの声も届く。

『ありがとうございます』の言葉が聞こえたことで、

なぜか祥吾は、全てが終了したような気がして、大きく息を吐いた。





祥吾の目が開いた時、天井には見たことがない照明器具があった。

気分が少しましになり、ゆっくりと顔を動かす。


「あ……」


祥吾はここがどこなのか気付き、慌てて飛び起きた。

また少し頭がふらつく感覚があったのものの、そこはしっかりと気持ちを整える。

自分が寝ているのは誰かのベッドで、もしかしたらという思いで横を見ると、

ひかりがソファーに頭を置き、毛布を肩にかけて寝ている姿が見えた。


「ん……」


祥吾の気配に、ひかりが目を開ける。


「あ……最上さん」

「浅井、これ……」


祥吾はこうなったことの記憶がなく、

とりあえず自分がいるべきではないベッドから下りると、床に座った。

頭の中で整理整頓をしようとする。


「よかった、顔が真っ青になっていたから、心配しました。
池さんが通ってここまで運んでくれたので……」

「池さん?」

「そうです。隣の池さん……あ、池田さんという方です」


ひかりはこのマンションの隣に住む池田さんが、たまたまそばを通ってくれたので、

祥吾をおぶってここへ連れてきてくれたと説明した。


【12-4】



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