13 念を送っているだけです! 【13-2】


【13-2】


ひかりがいくら絵を描こうが、祥吾に背を向けようが、

当たり前のように火曜日がやってきた。

ひかりは、いつもの時間に通勤し、連絡を取らなければならないメールに返信をする。

その日のランチは、久しぶりに社食で『たぬきうどん』にしてみたが、

あまり美味しいとは思えず、コンビニまで行き、

具がたくさん入ったヨーグルトを買ってきて食べた。

午後になると、時間を確認した雄平が、自分の目の前で出かける準備をし始める。

ひかりは、その様子をじっと見た。


「あ、そうだ、浅井。お前この間、『鳥居堂』の孫に会ったって話していたよな。
ちょっと態度がって……。俺もさ昨日、電話で話したけれど、確かに態度が……、
おい、浅井」


雄平は、自分をにらむようなひかりの表情に、『何かあったのか』と尋ねた。

ひかりは『いいえ』と声に出す。


「いいえじゃないぞ、その顔はにらんでいるって。鏡を見てこい。
何か仕事に問題があったのか」

「別ににらんでもいませんし、問題もないです。ただ『念を送っている』だけです」

「念?」


雄平は、自分から視線をそらさないひかりの目を見た後、

『さらに怖いんだけど』と口にする。


「山内さん、私たちの代表で出かけるのですから、
しっかりと『フェラル』の展示会を見てくださいね。
もう、これ以上何も見られないというくらい……、会場の隅々まで覚えて、
全部言える……あ、そうです、世の中のお店が全て、
閉店時間になって入れないくらいの間、見続けましょう」

「は?」


当然だが、雄平は意味がわからないという顔をする。

ひかりは『確かにおかしなことを言った』と自覚する。


「いえ、何でもないです、気にしないでください」


ひかりはそういうと、朝食用に買ってきたものの手をつけず、

そのままになっていた『ミルクボール』のパンの袋を開け、一口かじり出す。


「浅井、昼飯食わなかったのか?」

「食べましたよ」

「で、またパン?」


ひかりは『食べたくなったんです』と少し強めに言い返すと、また一口かじる。

雄平は、自分のデスクの上にある『フェラル』の展示会の招待券を見た。

そういえば、元々これを持って帰ってきたのは、前に座るひかりだったことを思い出す。


「浅井、お前がこれに行きたかったとか?」

「違います、いいですから……」


ひかりはいつも愚痴を聞いてくれる雄平だと、

『ごちゃごちゃした気持ち』をどんどん吐き出してしまいそうで、

パンを手に持ったまま、背を向けて食べ進めた。

雄平は、何かあるなと思いつつも、これ以上追求すれば、

時間に出られなくなる気がしてやめることにする。

ひかりは、自分の席で、同じように招待券らしきものをバッグに入れた祥吾を見た後、

今度は下を向くことにした。



『銀座の『アルモンテ』で』



ひかりの複雑な気持ちなど知らない祥吾は、今日出かける場所と時間を考え、

以前、ひかりと見合いをすることになった喫茶店で唯と会うことにしていた。

自分が話そうとしていることに対して、

唯がどういう態度で出てくるのかがわからないため、

とりあえず、食事をすぐ注文出来る場所ではないところに設定する。

一緒に出かける雄平の準備はどうかと視線を動かすと、

その前に座り、両手で袋を持ち、うつむき加減でパンをかじるひかりが見えた。

祥吾はひかりのデスクの上にまだ何も描かれていないレポート用紙が見えたので、

おそらくアイデアにでも詰まったのだろうと考える。

明日の帰りにでも、少し聞き出してみようかと思いながら、バッグを持った。


「山内」

「はい」


祥吾は、雄平と一緒に、企画部のメンバーに『行ってきます』と声をかける。


「いってらっしゃい」


嬉しそうに返事をする小春や、頭を軽く下げて送り出す高坂や智恵の横で、

ひかりだけが無言のまま、パンをかじっていた。





夕方5時過ぎ、ひかりは仕事の材料を全てしまい、帰り支度をし始めた。

小春は雄平が戻ったら、チェックしてもらうのだと何やら用紙をまとめていて、

智恵は時計を見ながら、同じように帰り支度をする。

すると企画部の扉が開き、雄平が戻ってきた。

ひかりはわかっているのに、隣に祥吾がいないことを確認する。


「おかえりなさい、山内さん」


小春はすぐ、雄平に声をかけた。

雄平は持ち帰ってきた資料をデスクに置く。


「どうでした?」


智恵は小春の横から、声をかける。


「あぁ、さすがに業界で力を持つ企業だよ、色々と新しい企画も出ているから、
人も多くて。回るのが大変だった」


雄平はそういうと、買ってきたコンビニのアイスコーヒーを飲む。


「あ、そうだ、ほら浅井」

「エ……」

「これ、浅井に渡してくれって、最上さんが」


雄平が出してくれたのは、『フェラル』の出している新商品のリストだった。

ひかりはその紙を受け取っていく。


「なんだかお前、大学生にアンケート取っているんだろ。その中に書いてあった、
学生の希望するような商品に近いものが、出ていたって。
浅井のアイデアにいかせるかもしれないから渡してくれって、そう言われたぞ」


雄平に渡された紙を見ると、確かに以前、祥吾と『慶西大学』で会った時、

学生が書いていた理想の商品に近いものが載っている。

ひかりは『ありがとうございました』と言いながら、用紙を半分に折った。


「山内さん、いいですか?」

「あ……うん」


小春が声をかけてきたので、雄平はひかりの前からまた小さなテーブルに移る。

ひかりは用紙をバッグにしまいながら、『お先に失礼します』とメンバーに声をかけた。



ひかりは電車に乗り、いつものように家への道を歩くつもりだった。

近くのスーパーに寄って、材料を買って、頑張って夕飯を作れば、

神経をどこか別の場所に持って行けたら、余計なことなど考えなくてもいいだろうと、

思い込もうとする。

ひかりは一度立ち止まり、バッグから雄平に渡されたちらしを出し、見直してみる。


『最上さんが……』


仕事のこととはいえ、こうして祥吾が自分を気にしてくれていた。

それだけで十分だと心に言い聞かせていくのに、

小春のように、一緒の職場で、ただ見ていたら満足だとは思えないくらいの傾きが、

心の中に存在する。



『立花唯』



『ボルノット』では祥吾を責め、仲間と一緒に追い出したはずなのに、

東京でうまくいっていると聞き、こうして会いに来て、

『あなたを失いたくないから』と心を揺さぶるなんて、ずるいではないかと思うのに、

忙しい仕事の合間に、時間を決めて会おうとしている祥吾の気持ちが、

その答えであるような気がしてしまう。

ひかりは改札を抜けると、自分の家ではない方向に進み、『かをり』の暖簾をくぐると、

『こんばんは』と声を出した。


【13-3】



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