13 念を送っているだけです! 【13-4】


【13-4】


大学時代から、どちらかというと、唯の考えを受け入れることが多いのが祥吾だった。

『こうしたい』というと黙って頷き、否定をされないことで、

最初はうまく流れている気がしていたが、

だんだんと祥吾が本当に納得しているのか不安になり、

求めて欲しいと願ったことから、ズレが生まれていたと思っていたからだ。


「『KURAU』には、個人の席の後ろに、喫茶店のような丸テーブルがいくつかあって、
そこに担当者が集まって輪を作るんだ。最初はそこに入れなかった。
長い間、『見せられていた視線』が忘れられなくて、入ろうとしても、
上司ポジションが邪魔をして、嫌がられるのではないかってね」


祥吾は、理解してもらうためには、自分の弱さをさらけ出さないとダメだと思い、

『ボルノット』でのことを、全て語ったと話す。


「新商品開発の中身も、ほとんどわからないような、全然頼りにされていない、
開発リーダーだったって……思い切って言ったんだ。
そんな時間があって、関係が変わってきた。
もちろん、上司と部下というポジションはちゃんとあるけれど、
でも、みんな文具が好きで、いい商品を作ろうという気持ちは変わらない。
だから、思っていることは隠さずにきちんと言うし、逆に相手を理解しようともする。
俺も、メンバーとして、一緒にやっているという、充実感もある。
こっちに来てよかったと、今は本当に思っているから」


祥吾はそういうと、黙っている唯を見る。

おそらく、『ボルノット』時代の自分を見ていた唯は、

頭の中を整理するのも大変だろうと思い、コーヒーを飲み、一呼吸置く。


「『ボルノット』を辞めること、唯にはきちんと言わずに悪かったと思う。
当時は、正直自分のことで精一杯だった。それに、君を巻き込むのも嫌だったし。
だから今日はこうして会って、ちゃんと謝るつもりだった」

「祥吾……」

「唯の期待に応えられる男じゃなくて、ごめん」


祥吾は頭を下げ、あらためて唯を見る。


「俺は……」

「違うの。私はお別れを言いに来たわけじゃない」


唯はそうではないのだと、首を振る。


「大学時代からずっとそばにいて、そばにいたくて、ずっと追いかけた。
学生時代も、社会人になっても、そばにいられるようになっても、
私は変わっていない。いつも祥吾のことを気にして、考えて……」


唯はそういうと、自分の携帯を握りしめる。


「何も言わないでいたら、初めて何も言わないでいたら、
祥吾が私に救いを求めてくれるかもしれないと、そう考えてしまった。
『求められたい』と思ったの。求め続けているだけじゃ、いつか……
続かなくなる気がしたから……」


唯はごめんなさいと謝ると、『もう一度、向かい合って欲しい』と祥吾を見る。


「あなたに嫌われないように、黙ってそばにいようと思っていたから、
それがおかしくなるきっかけだと思う。これからは……」

「……ごめん」


祥吾は唯を見て、しっかりと言葉を送り出す。


「俺はもう、戻れない」


唯は祥吾の顔を見る。


「自分自身に悪いところがあったことも、いや、今も色々と足りなくて、
未熟なところがあることも、わかるようになったのは……『KURAU』に入ったから。
それは間違いないけれど、それだけじゃない。
この人のように、生きてみたいという……そういう人が、いるからなんだ」


祥吾は自分の気持ちを隠さずに告げようと、唯の顔を見た。


「その人と話をしていると、自分が楽になれる。肩肘も張らずに、等身大でいられて、
ダメなところがあるのは、人として当たり前なんだと思わせてくれる。
『ボルノット』で君といた頃、いや、大学の頃からずっと、
自分はしっかりしないとならないと、そう思い続けてきた。
後輩に憧れていますと言われれば、それに答えるべきだと必死に胸を張って、
辛いとか、わからないとか絶対に言わないように、そう考えてきた。
今、唯が話してくれたように、どこかに線を作りながら、
互いに付き合い続けていたのだろうと思う。君も必死だったかもしれないけれど、
俺も保つことに必死で、息苦しさとかに気づけないまま……」


祥吾は、この店でひかりに初めて会った日のことを考えた。

視線を動かすと、あの日、自分たちが向かい合ったテーブルが、

今日、ちょうど空いている。


「その人と最初に会ったのは、あまりにも偶然で、突然顔を合わせないとならなくて、
かっこつけている時間もなかったし、湧き上がってくる問題をクリアするのに、
ただ必死で、自分がどんな姿だったのかも、思い出せないくらいだ」



『どうして断ってくれなかったのですか……』

『どうしてなのかな……』



祥吾は、ひかりとの会話を思い出し、自然と笑顔になってしまう。

唯は、自分には見せてくれたことがあるだろうかと思えるくらいの優しい笑顔に、

強烈な嫉妬心を覚えた。

話しの方向が、最悪の方に動く気がして、つかめないこの場所の空気を、

なんとか自分の方へ引き寄せられないかと、手を動かしそうになる。


「他の人と、お付き合いを始めていると……そういうこと?」

「いや……向こうに気持ちが伝わっているのかどうかはわからない。
たぶん気づいていないと思う。ただ……」



『最上さん』



「この思いに、答えてくれたらいいなと……そういう願いは、持っている」


祥吾は、雄平に頼んだものを、ひかりが受け取ってくれただろうかと思いながら、

またコーヒーに口をつける。


「唯……。君が思っているような最上祥吾は、この世にはいないんだ。
だから、俺のことをかばわなかったとか、追い込んだとか、
そんなことは思わなくていい。大学時代から唯にはちゃんと実力があって、
その力で『ボルノット』に入っているのだから」


祥吾はもう過去は振り返らずにという気持ちで、唯を見る。


「その人は、職場の人? それとも……」


唯は祥吾の心を動かしたのは誰なのか、『確定させたい』と思い、尋ねてしまう。

祥吾は、自分と逆に、唯の表情に余裕がないのがわかる。


「君に伝えることじゃないと思う。まだ、本人に話していないことだ。
何かの偶然で、他から入るのも嫌だし。俺は……そのときが来たら、
きちんと伝えたいと思っている。だから、ここでは言わない」


祥吾の言葉に、唯はその女性を大切に思っているのだと言うことがわかり、

それ以上の言葉が出せなくなる。


「もう……戻れないということなの」

「うん……」

「私より、その人の方が……」


唯はそう言った後、途中で言葉を止めてしまう。


「順番とかじゃないんだ。君と向かい合っていたのも俺自身だし。
でも、その時のような気持ちを、もう一度持つことは出来ない。
環境も、自分の考え方も変わった。ごめん……」


祥吾は唯を見ながら、なんとか理解して欲しいと言葉を送り出す。


「こうして会ってくれてありがとう。話が出来てよかったよ」


祥吾の言葉に、唯は黙ったまま下を向く。

数ヶ月という時間が、福岡と東京以上の距離を開けてしまったのだと思い、

何も言葉が出なかった。





「ありがとうございました」


華絵は、男性客2名を見送るため、手を振った後に頭を下げる。

『かをり』には、すっかり酔ってしまいカウンターで眠っているひかりと、

華絵だけになった。

時間で言えばまだまだ営業出来るが、

区切りがいいため、華絵は暖簾をしまうことにする。

華絵が視線を上に向けると、祥吾の借りている最上階の部屋は暗かった。

ひかりの話を受け入れると、まだ元の彼女と一緒にいるのかもしれないと思えてくる。


「あれ? なんだよ、女将。店おしまいなの?」


仕事を終えた水道工事店の社長は、3軒隣の店から出てくるとそうつぶやいた。

華絵は『今日は特別』と話し、中でひかりが寝てしまっているからと説明する。

社長は扉のガラスから、ひかりの姿を確認した。


「あれあれ、ひかりはどうした」

「少しね、人生の勉強中なんです。疲れてしまったから寝かせてあげたくて」

「ほぉ……」


それなら仕方が無いなと笑い、また行くからねと華絵に手を振っていく。


「お待ちしています」


華絵はそういうと、社長に頭を下げた。


【13-5】



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