リミット 2 【超特急の男】

2 【超特急の男】


篤志が帰った後、咲は一人ベッドに腰かけた。

プロポーズだと思って待っていた大事な言葉は、白紙に戻そうというとんでもないもので、

ただ、ため息だけが部屋に落ちていく。


「ねぇ、篤志、それってどういうこと?」


突然の状況に、咲は当然聞き返す。


「咲を嫌いになったわけじゃないんだ。
ただ、今の状態のまま君と、時間を重ねていていいのか、自信がなくなった」

「何? それ」


女のカンとでも言うものだろう。篤志には別に好きな人が出来たのだと、

咲はすぐにそう思う。


「他に好きな人ができたの?」

「……」


その即答出来ないあやふやさが、心の中を透かして見せる。

篤志がとんでもない悪党なら、そんなことないよ……と平然と言ってのけるのだろう。



『他に好きな人がいる……』



咲は、篤志からいっそ、そう言ってくれた方が、スッキリするのにと、天井を見た。


「少し離れて見て、君が僕にとって大事な人だってわかった時、
もう一度君と過ごす自信が出来る気がするんだ……」


何でも一気に踏み切れない、篤志らしい逃げのセリフ。

咲からみれば、離れて大事だと思うなんて、あまりにもムシがよすぎる。


「……イヤだよ、そんなの。ズルイじゃない」

「……」



『人のことバカにするの、やめてよ!』



咲は、そう言いかけた時、老婆との約束を思い出した。



『半年以内に好きな男に幸せにしてもらうこと』



「とにかく、今日は帰って……」


篤志の背中を押し出し、咲は扉にかぎをかけた。

ドアに寄りかかりながら立っていると、自然に目から涙が溢れてくる。



『汚いのは私も一緒だ。今、ここで怒って篤志と完全にさよならしたら、
私は半年後にこの世から消えてしまうかもしれない』



自分は篤志と幸せになる。咲はずっとそう思っていた。

それ以外の選択肢なんて、あるはずもなかった。


しかし、それがもし叶わないのなら……。


そんなことを考える咲の頭の中に、すぐ浮かんだのは幼なじみの義成だった。

篤志がダメなら……そんな弱気な自分を、首を振りながら否定する。



『よっちゃんを男として愛せないと言ったのは、自分の方だ』



今さら、自己都合ですり寄ってなんて、いけるはずもなく、

すがりつけない、突き放せない、踏み切れない……。

咲は、そんなむなしい気持ちの夜を一人過ごしていた。





「皆さん、ご迷惑をおかけしました。今日から仕事に復帰します!」

「おめでとう、咲!」

「よかったなぁ、早瀬……」


それから2日後、咲は仕事場である旅行代理店に復帰する。

とりあえず仕事をしながら篤志とのことをもう一度ゆっくり考えよう。そう思っていた。


「咲、復帰早々なんだけど、今日から新しい主任が来るのよ。ドタバタするかもしれない。
結構やり手のエリートらしいし……」

「主任? エ? 三枝さんは?」

「三枝さんは、名古屋に転勤。ほら、本社の通達読まなかった?
社長賞を取った企画のこと」

「……あ、はいはい……」


我が社では、毎年ツアー賞というものが組まれ、優秀な各地の主任クラスが、

企画を提出し社長賞を競う。それに入賞すると、待遇もあがり、

各地に栄転となる仕組みができている。


「じゃぁ、栄転?」

「うん……ただし2月いっぱいだって。そしたら仙台支社の部長、
そしてどこかの支店長ということになるらしいわよ。まだ、30なのにすごくない?」

「……ふーん……」



『半年か……私はどうなってるんだろう……。人の栄転なんてどうだっていいよ』



ボールペンをクルクルと回しながら、咲は同僚の話を聞いた。





「深見亮介です。仙台支社から今回半年の限定ではありますが、
主任として働かせていただくことになりました。
まぁ、こちらには内海主任もいらっしゃるので、
僕は勉強させていただくだけだと思いますが……」


その日の午後、本社期待のエリートは、さわやかな笑顔をお土産に、みんなの前に現れた。
さすがに社長賞を取るだけあって、話す言葉にも強い説得力がある。

「素敵ね……深見主任。あれこそ、出来る男ってやつなのよ! ね! 前にも来た、
なんだっけ? 頭でっかちな人……」

「山口さん?」

「そうそう、あの人は小さい頃から勉強しかしてませんでしたって顔していたけど、
深見さんはスポーツも出来そうだし、もてそうだし……」

「……そうね……」


同僚の利香は、自分のデスクから何度も深見を見つめている。


「ねぇ、挨拶の時はメガネしてなかったけど、
ほら……デスクワークの時はメガネするみたいよ……」

「利香、いいから書類回してよ、早く!」

「もう、つれないなぁ、咲。銀行マンと上手くいっている人には関係ないってことよね!」


篤志とのことがこじれていることを知らない利香は、何気なくそう言ったのだが、

そのおかげで、咲の頭の中から、思い出したくないことがすぐに広がり出す。


「これ……えっと、早瀬はどこ?」

「はい、早瀬は私ですが」


深見が来て、3時間もたたないのに、いきなり咲が犠牲になる。


「ちょっといいかな」


隣の利香が心配そうに見ているので、呼び出される理由がわからないと、

咲は一度だけ首を傾げてみせる。

何も考えることなく、呼び出した深見の前に立った。


「これはふざけて書いたのか?」

「エ……」


事故に遭う前に、提出していたツアーの報告書に、深見はいきなり文句をつけた。

色々なところに赤いボールペンで印をつけ、最後には大きくバツがつく。


「まず時間、それから予算、それから客の状況。全てにおいて、正確性がないだろう。
おおよそみたいな書き方をされたら、次からの資料にならないんだぞ。君は幾つだ!」

「……年齢ですか?」

「当たり前だろ。他に何を聞くんだ。君の個人データに興味はない……」


あまりの口調に少し腹をたてたが、一度深呼吸をし、咲は冷静に質問に答える。


「26です」

「入社何年目だ」

「4年目です……」

「4年間、ただで給料もらってたんじゃないのか? 出し直せ!」


突き返された書類を受け取り、咲は席に戻る。それをテーブルの上に置き、

細かく書き込まれた指示を見た。



『今までこれでOKもらってたんですけど……。何よ、もう!』



そんなエリートの先制攻撃に、いつも笑い声が飛び交っている職場はすっかり静かになり、

冷たい風が部屋の中を吹き抜けた。


「かっこいい人だと思ったのにな……」

「……ったく、どうして私なのよ!」


スパゲッティーをフォークでクルクルと回しながら、

咲は、やり玉にあげられたことに文句を言う。


「考えてみればさぁ、30でエリートコースまっしぐら! なんだもの。
あんなふうに人なんてお構いなしみたいなのじゃないと、出世なんか出来ないのよね、
きっと。超特急に乗って走っている人なんだから、
私たち各駅停車の気持ちをくみ取るなんて無理だって……」


利香がそうエリートのことを分析した時、二人の前を、

その深見が何人かの社員達と歩いて来るのが見えた。


さっきまで自分に見せていた冷たい上司の顔ではなく、視線は穏やかで、笑みまで浮かぶ。


「あ……」


利香が指を向けると、隣にいた男性社員が気づき、深見に合図を送る。

それに気付いた深見はスッと視線をこちらへ向けた。

咲と利香に向かって、少しだけ微笑むと店の前を通り過ぎる。


「あらら……深見主任、やっぱりいい男だわ……ねぇ、咲」



『なんで、あんな顔が出来るのよ。さっきあれだけ人のこと、コケにしたくせに!』



咲は、怒りの表情を一度向け、すぐに目をそらしていた。

たいして歳も変わらない臨時超特急上司の余裕の微笑み。


イラついた気持ちとはうらはらに、少しだけ鼓動が早くなるのを感じている咲だった。





「疲れた……」


家に戻りベッドに突っ伏し、携帯電話のメッセージを開くが、

あの日以来、篤志からの連絡は途絶えたままだった。


自分から会いたいとメールを打ってみるが、送信ボタンを押せずに、

また、今日も1日が終わっていた。





初日こそ、咲へのカミナリで緊張感が漂った職場だったが、

さすがに本社期待のエリートは、社員達の気持ちをつかむのも早く、特に……。


「私、仙台って行ったことないんです」

「そうなのか……」


利香は、積極的に深見と話しをするようになり、

咲はその姿を少し遠くからあきれ顔で見る日が続く。


そして、それから10日後、いきなり事件は起きた。


「エ……どういうことだ」


深見の緊迫した声のトーンに、オフィスは一瞬で静まりかえる。


「チャーター出来てないってどういうことだって聞いてるんだ!」


エリート主任に叩きつけられた、最初の難関だった。
                                    神のタイムリミットまで、あと140日





うん、うん、いいよ、この先どうなるの? という方……

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コメント

非公開コメント

きゃ~深見さん登場。
そうそう、ただで給料もらってたんですよね~咲ちゃん。。。
最初からドンヒョクモード全開で、凄~く嬉しいv-238

タム君に抜かされそうでしたが、やっぱり私の一番はドンちゃんなんです。

ドンヒョクを連想させるという感想は、よくいただきました。

そうですね、読み直すとそうかも。
書いた当時は、そんなに強く意識していなかったんですけど。

私の一押しもやっぱりドンちゃんですよ。
タム様に、抜かれることなく(笑)