16 これでいいのか、違うのか? 【16-1】

16 これでいいのか、違うのか?


【16-1】


祥吾は、人付き合いがうまくなく、面倒なことになるのなら一人でいいと思う自分とは、

全く違う生き方をしてきたのだなと、ひかりの話を聞きながら考えた。


「それで……」


『鳥居堂』という老舗の文房具店のオーナーとの、なにげない話を並べているようだが、

普通に考えたら、大手の経営者が、単なるメーカーの社員にアドバイスをすること自体、

考えられないことだった。


「抹茶が好きなんですよ、会長って。だから行く度に飲まされて、
美味しいですよねとか、とにかく頷いて……」


そういった特別なことを、自然と導くことが出来るひかりの、

持って生まれた人徳のようなものを、今、自分自身が感じてしまう。


「ひかり……」


祥吾から聞こえた声に、ひかりはすぐ反応し隣を見る。


「今、ひかりって言いましたよね」

「うん……」


祥吾は、『特別な人だ』という意味を込めたつもりで、そう呼んだ。

びっくりしたような表情のひかりは、だんだん照れくさそうに笑みを浮かべ始める。


「……朝から辞めてください。心臓、ドキドキするじゃないですか。
あ、ほら、会社で出ちゃいますよ、そういうふうに呼んだりすると。
漫画とかであるでしょ、周りがびっくり……みたいな」


『うれしいハプニング』だったため、

ひかりのおしゃべり好きの『境界線』がポンと外れ、

『嬉しい』だけでは済まなくなってしまう。


「まぁ……でも……」


ひかりはこうして『朝の時間くらいはいいですよね』と言おうとして、祥吾を見る。


「あ、そうか、それもそうだな」


祥吾は、『自分から周りには気づかれないようにしよう』と話したことを思いだし、

『気をつけるよ』とそこで甘い会話にピリオドを打ってしまう。



『そんなことは大丈夫だよ……ひかり』

『エ……』

『二人だけの時は、それくらいいいだろう』



こんな会話が続くと思っていたひかりは、あっさり祥吾が引き下がったことで、

拍子抜けしてしまった。


「気をつけよう、浅井」


祥吾が真面目な顔でそういうと、ひかりはそのかみ合わない会話がおかしくて、

また笑い出す。


「今度は何がおかしいんだ」

「いいんです、秘密です」


それからもひかりは『第1企画部』が、技術系を卒業した祥吾が、

どうして第2に入っているのかを気にしていること、

小春がずいぶんよくなってきたことも付け加えていく。


「昨日、小春から電話がありました。声もすっかり元気になっていて。
食中毒なんて、本来なら嫌な思い出でしょうけど、
山内さんが何度も来てくれて、こんなことでもきっかけになったら、
小春にとってはいいことじゃないのかなと、思ったりもして」

「島津にとっていいこと……どうして」

「エ……だって、小春は……」


ひかりはそこまで快調に話をしていたが、急にストップをかけた。

電車も次の駅に到着して、扉が開き、乗客の乗り降りが行われる。


「途中で辞めたわけ? 今の話」

「これ以上はプライベートかなと」

「島津が山内に好意を持っていると……そういう話なんだろ」


祥吾の切り替えしに、ひかりは『どうして』という顔を向ける。


「私、そんなこと言いました?」

「そうは言っていないけれど、ほぼそういうふうには……」


祥吾は『誰でも今の話を聞いていたらそう思うだろう』とひかりに言うと、

一度携帯の画面を確認する。


「誰にも言わないでくださいね」

「誰に言うんだよ……」

「一応、そう言うべきかと思ったので」


ひかりはそういうと、吊り輪を持った手を反対にする。

祥吾は『はいはい』と返事をしながら、携帯をポケットに押し込んだ。





「えっと……おはようございます」

「おはようございます」


その日の朝は、吉川部長のご機嫌な表情からスタートした。

出だしこそゆっくりのスローペースで、

どうなることかと思った『スライドペン』だったが、祥吾の読み通り、

相棒となるべき『Paratto』が発売されてから、その使いやすさが認知され、

夏休み直前、一気にグラフが伸び始める。


「今、配ったデータの通り、火をつけたのは大学生達のSNSだ。
口コミ、それからインスタなど、今やアレンジチャンネルなども出来て、
効率よく教授の話を聞き、綺麗なノートが出来るのかなどの、
自慢大会も出来ているらしい」

「自慢大会」

「そうだ……よくお弁当を写真に撮って乗せる母親がいるだろう。
そんな大学生バージョンだ。カラーペンなどもそこにからめて、
さらに色々と伸びそうな勢いがある」


吉川は、このまま『記念制作』の企画も、勢いをつけてほしいと言い、

その日はご機嫌のまま『第2企画部』を出て行ってしまう。


「やりましたね、最上さん」


長い間『スライドペン』に関わってきた高坂は、嬉しそうに祥吾に声をかけた。

祥吾も大きく頷く。


「スピードにはこだわらず、時期を見て、本物を送り出した自信もあるのだから、
これからもみんなで、一つずつ協力していこう」


企画部のあちらこちらから『はい』の返事が聞こえ、祥吾もしっかりと頷き返す。

祥吾が『KURAU』に席を置き数ヶ月経つが、

『これからも大丈夫だ』と心の芯から思えた瞬間だった。





「お帰り、小春」

「ただいま」


その次の日、入院し、退院した小春が企画部に顔を出した。

いつもなら大きな声で小春を困らせる高坂も、『大丈夫か』と声をかける。


「はい、すっかり元気になりました。よく寝て、よく食べて、もう大丈夫です」


小春は荷物を置くと、祥吾の前にやってくる。


「最上さん、ご迷惑をおかけしました」

「いや、そんなことは……でも、この暑さだ、無理するなよ」

「はい。でも、こうしてみんなといる方が、本当に安心します」


小春は『また頑張ります』と頭を下げる。

そんな小春の姿を、雄平はほっとした表情で見つめた。


【16-2】



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